補章「１０年前の出来事」


　この話はアクティー達が大革命を成し遂げる１０年前の話である。アクティーの出身地であるシロヤマの町に３人の若者が集まっていた。 一人は後に初代公選総理となるフィレフ・トランジス。この時はヤパノ大学理学部に籍を置く学生である。 もう一人は後にコミュンと名乗って反政府軍を組織するバルディ・シューヴォ。フィレフの親友で、ヤパノ大学法学部に籍を置く学生である。 そして、後にラルタル総理夫人となるティーナ・シューヴォ。バルディの姉で、ヤパノ大学社会学部を卒業したばかりだ。 ３人はティーナの大学卒業祝いのためにシロヤマの店「アルファ」で酒を飲んでいた。

「ティーナ先輩、大学ご卒業おめでとうございます。」
フィレフはそう言って、深々と頭を下げると、酒を一気に飲み干した。一体、何杯の酒を飲んでいるのだろうか。
「ありがとう。でも、今度、ヤパノの街に政府が東部総督府を置くでしょう。私の大学卒業を祝ってくれるのは嬉しいけど、こんな時にのんきにお酒を飲んでいていいの？」
フィレフはティーナの言葉を聞いて、うなずいて言った。
「一番恐いのはヤパノ大学の反政府組織が東部総督府設置に反発して、暴動になること。こうなってしまったら、多数の犠牲者が出る上に、 政府の反政府勢力に対する取り締まりがますます強まってしまう。それは避けたい。だからここで酒を飲んでいるのです。」
バルディとティーナはフィレフの言うことがよくわからなかった。なぜ酒を飲むことが暴動を防ぐことになるのか。バルディがフィレフに言った。
「フィレフが何を言いたいのかはよくわからないが、フィレフのことだから、何か考えがあってのことだろ？ ヤパノ大学の反政府組織を説得できるのは、組織を作ったアレー教授の息子であるフィレフだけだからな。」
バルディの顔は真っ赤である。この世界の人々は基本的に酒はあまり飲めない体質なのだ。
「アレー教授ですか。父には孤児である僕を育ててくれたことには感謝しています。だから僕は父と母が病死して、残されたポーラの世話をしようと思った。 これが亡くなった両親への一番の恩返しだと思っています。ただ、あの反政府勢力をまとめるのは本当に骨が折れますよ。 父は全国規模で暴動を起こせば、政権を交代させられると思っていたみたいですけど、今の状態では、それはなかなか難しいでしょう。 もっと情報が必要です。情報が集まるまでは我々はじっと耐えなければならない。」
フィレフはそう言うと、小さな声でつぶやいた。
「政府は必ず倒す・・・。必ず・・・。政府の福祉政策がしっかりしていれば、父も母も死ぬことはなかった・・・。」
突然、外が騒がしくなった。ティーナが外の様子を見に店から出た。フィレフも続く。バルディも外に出ようとしたが、酔っていたため、途中で倒れてしまった。
「あれは政府軍の司令船・・・。」
ティーナが言った。シロヤマの町の港に政府軍の司令船が停泊しているのである。フィレフは店の主人に金を払うと、出発の準備を始めた。
「フィレフ君、何をするつもりなの？」
「これから急いでヤパノの街に帰ります。おそらくあの船にはヤパノの街に赴任する東部総督が乗っている。この町で燃料の補給をした後、ヤパノの街に行くのでしょう。 あの船よりも先にヤパノの街に戻って、反政府組織に暴動を起こさせないようにします。」
ティーナの質問にフィレフが答えると、店を出た。フィレフは東部総督の動きを掴むためにシロヤマの町に行ったのである。
「私もヤパノの街に戻ります。」
ティーナもそう言って、店を出た。店の中で倒れていたバルディも立ち上がり、ティーナに続こうとしたがフラフラである。
「すみません。弟をよろしくお願いします。」
ティーナは店の主人にそう言うと、駆け足でヤパノの街に向かっていった。
「フィレフ・・・。姉さん・・・。俺を置いていかないでくれ・・・。」
バルディも店の外に出たが、フィレフとティーナの姿はもういない。そして、港の方が騒がしくなっていることに気づいたバルディは、フラフラの体のまま港に向かった。

　フィレフとティーナはヤパノの街に続くシロヤマの森に向かっていた。シロヤマの町と森の間にある壁には、政府を批判する詩が書いてあった。 内容はともかく字はかなりうまい。壁の端の方で詩を書いている少年がいた。歳はポーラと同じ８歳くらいだろうか。この壁の詩も全てあの少年が書いたのであろう。 このような子供がいるのだ。いずれ政府は倒れる。フィレフはそのようなことを考えながら、シロヤマの森に入っていった。

　シロヤマの町の港では政府軍の司令船に燃料が積み込まれている。髪の長い若い女性が司令船の上から兵士達に命令している。 その隣には大柄なスキンヘッドの男がいた。だが、酔っているバルディにはわからず、普通に歩いていると、いつの間にか政府軍兵士の積み込み作業の中に立っていた。
「貴様、何のつもりだ。反逆者か！」
髪の長い若い女性が叫んだ。バルディは何か言おうとしたが舌が回らず、意味不明の言葉を喋ってしまった。
「気でも狂っているのか。排除しろ！」
髪の長い若い女性が命令を下すと、政府軍の兵士達が一斉にバルディを取り囲んだ。
「俺は今、むしゃくしゃしてんだ。」
バルディは叫んだが、相手にそう聞こえているのかはわからない。そして、腰に差している剣を抜いて一振りし、政府軍の兵士達を吹き飛ばしてしまった。
「やはり反逆者か。反逆者は久しぶりだよ。反逆したことを後悔するがいい。」
髪の長い若い女性はそう言って、手を上げた。手のひらの上には大きな火の玉ができている。それをバルディに向けて放ったのだ。バルディは気を失ってしまった。
「ヤパノの街の反逆者も一人残らず焼き払ってくれるわ。」
「モンテル司令官、それは頼もしいお言葉。このタックル、安心してヤパノの東部総督府に赴任できるというものです。」
髪の長い若い女性は政府軍司令官モンテル、そして大柄なスキンヘッドの男が東部総督のタックル。 政府軍の司令船はシロヤマの町の港を離れると、ヤパノの街に向かって出港した。

　シロヤマの森にはあまり手強くないとは言え、モンスターが出現する。ティーナは行く手を阻むモンスター達を剣で次々と倒した。
「ティーナ先輩、ありがとうございます。ティーナ先輩がいなかったら、僕はこの森を抜けることはできませんでしたね。」
フィレフは笑いながら言うと、ティーナが答えた。
「フィレフ君は女性に守ってもらっていることを恥ずかしいと思わないの？」
「僕はどうも戦うことは苦手でして・・・。」
フィレフはまた笑いながら言った。２人はシロヤマの森を抜けると、ヤパノの街に到着した。

　バルディは目を覚ました。なぜ自分がシロヤマの町の港にいるのか。酔っている時の記憶がないのだ。大きな火の玉をくらった気がするが、あれは夢だったのだろうか。 体に傷も火傷もないようだが、服は焦げている。夢ではなかったのだ。だが、にわかには信じられない。
「気がついたか。君の剣技は素晴らしい。こちらに来てから、あのような素晴らしい剣技は初めて見たよ。」
バルディの前には３０代半ばくらいの男がいた。腰には騎士剣を差している。バルディは男に向かって言った。
「あなたは一体・・・。」
「ああ、政府の密偵だ。ヤパノの街の東部総督赴任時に政府軍が乱暴な真似を働かないようにと見張りに来たのだか・・・。」
男は答えた。バルディはフィレフとティーナがヤパノの街に向かったことを思い出した。
「ヤパノの街に行かなくては。」
バルディは叫ぶと、シロヤマの森に向かって走っていった。
「私もヤパノに行かねば・・・。船は出港してしまったから陸路か・・・。」
男はつぶやくと、バルディを追うように走っていった。バルディはシロヤマの森に出現するモンスターを剣技で吹き飛ばして進んでいる。 男はバルディに気づかれないように気配を消して、その後を追っている。男はバルディがモンスターを吹き飛ばしてくれるため、戦わずに済むのだ。 ２人はヤパノの街に向かって、凄まじい勢いで走っていった。

　フィレフとティーナは政府軍の司令船よりも先にヤパノの街に到着した。２人はヤパノ大学に入って、反政府組織に所属している学生を集めた。 東部総督府に押し掛けられないようにするためである。ヤパノ大学よりも東部総督府の方がヤパノの街の港に近いため、こうしておけば、暴動は起こせない。 フィレフは反政府組織を作ったアレー教授の養子であり、演説も非常に上手いため、学生からの信頼は厚い。 フィレフの説得により、学生達は暴動を起こすのを諦める雰囲気が広がった。説得はこのタイミングでやるから効果がある。 あまりにも前では心変わりする者が必ず出てくる。また、あまりにも直前では必ず混乱するからである。 ちょうどその頃、政府軍の司令船はヤパノの街の港に到着していた。

　ヤパノの街の港ではタックルに加えて、東部総督府に赴任する職員と兵士達が政府軍の司令船から降りていた。タックルがモンテルに敬礼している。
「ずいぶん静かだな。港は反逆者が溢れていて、存分にいたぶれると思ったのだが、これでは拍子抜けだ。 しかし、何もしないで帰るのもつまらん。政府軍司令官モンテルの恐ろしさをこの街の反逆者予備軍達に見せつけてから帰るか。」
モンテルはそう言うと、火の玉をヤパノ郊外の山に向かって放った。山からは火の手が上がっている。この様子はヤパノ大学からも確認できた。
「ずいぶんと手荒い真似を・・・。」
フィレフがつぶやいた。これをきっかけに学生達の中で東部総督府を襲撃すべきとの意見が強まった。
「私が様子を見てきます。」
ティーナはそう言うと、ヤパノの街の港に向かって走っていった。フィレフは再び必死になって学生達の説得を始めた。

　ティーナは港に政府軍の司令船が泊まっていることを確認した。船の上には火の玉を放っている女性がいる。やはり政府の仕業だったのだ。
「モンテル司令官、反逆者が現れたようです。腰に剣まで差しています。わしが排除しましょう。」
モンテルはうなずき、笑った。タックルがティーナに近づいてきた。
「よく見たら女じゃないか。相手が女ではわしは戦う気になれんな。だが、反逆者は排除せねばならない。ＩＴプロトタイプを出せ。」
タックルの指示で機械系モンスターが登場した。ＩＴプロトタイプはティーナに向かって突進してきた。
「どうやら戦わないわけにはいかないようね。」
ティーナは言った。ＩＴプロトタイプの攻撃をよけ続けている。しかし、剣は抜かない。
「どうだ。ＩＴプロトタイプは凄いだろう。これは天才の名を欲しいままにしているあのミハイル博士が設計したのだ。 今はプロトタイプだが、数年後には完成する。このＩＴと組めば、わしの技はさらに強力になるのよ。」
ティーナは攻撃をよけ続けている。ヤパノの街の港にはタックルの笑い声が響いていた。

　ティーナがＩＴプロトタイプと戦っている頃、バルディはヤパノの街に到着した。そして、港に政府軍の司令船が泊まっているのがわかると、港に向かった。 港ではティーナが機械系モンスターと戦っている。バルディはティーナに駆け寄った。
「姉さん。今、加勢する。」
バルディがそう叫んだ瞬間だった。ティーナは剣を抜くと、一撃でＩＴプロトタイプ斬り倒してしまった。
「さすがは姉さん。」
「あんたに加勢されるようじゃ、みっともないからね。」
ティーナとバルディの姉弟が今まであったことを話し始めた。
「ＩＴプロトタイプが倒されるとは・・・。おまけにわしまで無視しおって・・・。こいつらを排除しろ。」
タックルは叫んだ。兵士達は２人を囲んだが、誰も動こうとしない。ティーナの強さに怖気づいているのだ。沈黙が続いた。しばらくすると沈黙の中に拍手の音が響いた。
「一撃でＩＴプロトタイプを倒すとは素晴らしい剣技だ。最高の居合いを見せてもらったよ。」
拍手をしているのはバルディの後を追った政府の密偵と名乗る男だった。
「ラルタル副総理。なぜこちらに・・・。」
タックルは驚いた顔をして声を発した。ティーナとバルディも驚いている。ラルタル副総理はロドリゲス総理の信任も厚い政府のナンバー２だからだ。
「モンテル軍司令官が行き過ぎた行動を取らないように見張れとロドリゲス総理に言われたのだが、少し遅かったようだな・・・。」
ラルタルはそう言うと、モンテルのいる政府軍の司令船に向かって歩いていった。ヤパノの街への攻撃を止めさせるためである。
「反逆者として捕らえるつもりなら、そこの２人を私に預からせてくれないだろうか。秘書に雇おうと思っている。」
ラルタルは歩きながら言った。ティーナとバルディはさらに驚いて顔を見合わせた。
「ラルタル副総理がそう仰せならば・・・。そのように・・・。」
タックルはラルタルに向かって頭を下げた。タックルは自分より立場が上の人間には全く頭が上がらないらしい。これはチャンスとバルディは思った。 政府副総理に近づけるのだ。フィレフが言う情報も集めやすい。確かにラルタル副総理がどのような人物なのかはよくわからない。だが、悪い人ではなさそうだ。 腰に騎士剣をさしているくらいだ、剣士が好きなのだろう。だから気に入られたのだ。リスクもあるが、バルディは賭けてみようと思った。 ティーナを見ると、これはいけるという目をしている。姉弟の考えは一致した。
「俺達は副総理についてきます。その前に１時間だけ時間を下さい。必ずここに戻ってきます。」
バルディはそう言って、ラルタルがうなずくのを確認すると、フィレフのいるヤパノ大学に向かって走っていった。

　ヤパノ大学に到着したバルディは学生達の説得を続けているフィレフを見つけると、いきなり外に連れ出した。
「俺と姉さんはラルタル副総理の秘書になれる。これで政府内部の情報が集めやすくなる。政府を倒せるぞ。」
バルディは叫ぶように言った。そして、今まであったことをフィレフに話した。フィレフはバルディの話に驚き、興奮している。
「リスクもありますけど、これはチャンスかもしれませんね。うまくいけば、政府をひっくり返せるくらいの情報が入手できるかも・・・。」
「しばらくのお別れだ。落ち着いたら必ず手紙を書く。あと、大学には代わりに休学届を出してくれよ。」
バルディは最後にそう言うと、港に向かって走リ始めた。
「バルディ君・・・。ティーナ先輩・・・。どうかご無事で・・・。政府は必ず倒す・・・。必ず・・・。」
フィレフはつぶやきながら、走るバルディを見送った。

　１年後、フィレフにバルディからの手紙が届いた。手紙を読むと、バルディもティーナもラルタル副総理の秘書として元気に働いているらしい。 ただ、政府内部の情報はあまり集まっていないようである。ラルタル副総理も政府の人間だ。２人には重要な情報を話さないようにしているのかもしれない。 そして、手紙の最後にはティーナがラルタル副総理と結婚したと書かれていた。これにはフィレフは驚き、ショックを受けた。 ティーナ先輩はどうしてしまったのだろうか。政府の人間と結婚するとは。ラルタル副総理はそれだけ立派な人物なのだろうか。 あのバルディがおとなしく下で働いているくらいなのだ、おそらくそうなのだろう。もしかしたら政府を内部から崩せるかもしれない。フィレフはそう感じていた。

　それから３年後、バルディが突然、フィレフを訪ねてきた。フィレフは大学卒業後、ヤパノ大学大学院理学研究科地学専攻に進学した。 そして、それを修了すると大学に残って助手となった。来年には講師になる予定である。
「フィレフ、久しぶりだな。調子はどうだ。」
バルディはフィレフに尋ねた。しばらく会っていないうちにバルディはずいぶん温厚になったようにフィレフには感じられた。
「楽しい研究員生活を送っていますよ。ポーラもヤパノ工科学校への進学が決まりました。昔から機械いじりが好きでしたからね。 やはり工学部の教授だった、父さんの子ですよ。ところでバルディ君は調子はどうですか。」
「ラルタル副総理の秘書をクビになった。理由の一つは大学を卒業していないから。そして、もう一つは反政府軍の結成を命じられたからだ。 ヤパノ大学の反政府組織は、もうフィレフの言うことを聞かなくなったと聞いている。このまま野放しにしておくのは危ない。 反政府軍を組織してコミュン島にたてこもろうと思っている。これはラルタル副総理の指示でもある。」
バルディは言った。ヤパノ大学の反政府組織は、もうフィレフが抑えられないまでになっていた。
「大学に通っているふりをしつつ、反政府軍を結成する・・・か。」
フィレフはつぶやいた。そして、深く考え込んでいる。バルディが席を立ち、酒を持って言った。
「せっかく久しぶりに会えたんだ。飲もう。」
「そうですね。飲みましょう。」
フィレフは言った。バルディに申し訳なく思っていた。だが、そうするしかない。２人は乾杯した。

　それからさらに６年後、フィレフは妹のポーラを呼んでいた。ポーラもヤパノ工科学校を卒業し、兄の反政府活動を手伝っている。
「シロヤマの町にアクティー・アルファという男がいます。彼は３年前に町の政府軍詰所を破壊したことで有名です。 彼のことをいろいろと調べてみましたが、我々の力になってくれそうな気がします。彼を連れてきてください。」
フィレフが言った。アクティー・アルファ・・・。かつてシロヤマの町の壁にきれいな字で詩を書いていた少年である。
「フィル兄。任せといて。」
ポーラはそう言うと、アクティーの住むシロヤマの町に向かった。大革命が始まろうとしていた。＜終＞


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