第６章「臨戦態勢」


　アクティー、ポーラ、ファンタ、クリスの４人はゴンドワナ砂漠に向かって南に進んでいくと、空を見上げるミハイルがいることに気づいた。
「わかっていた・・・。こうなるのはわかっていたのに・・・。」
ミハイルはそうつぶやいて、地面に倒れ込んだ。ファンタが駆け寄り、ミハイルを抱きかかえた。
「ミハイル博士。」
ファンタが呼び掛けると、ミハイルは弱々しい声で答えた。
「ファンタ君・・・。私はこうなることは最初からわかっていたのだ。私の研究がロドリゲスに利用されていることもわかっていた。 私の研究がよからぬことに使われるのもわかっていた。でも私は自分の研究を続けたかった。私は駄目な科学者だ。」
「博士。教えてください。僕達はどうすれば、この巨大な人工浮遊大陸を止められるのですか。どうすればプラズマ砲に勝てるのですか。」
ファンタが尋ねると、ミハイルは白衣のポケットから１枚の紙を取り出し、それをファンタの手に握らせた。 その紙は人工浮遊大陸「ロドリゲス・ブルク」の設計図だった。しゃがみこんで震えているミハイルに一礼すると、ファンタは３人にその紙を見せた。
「これ、宇宙太陽発電でエネルギーを供給していたのね。どおりで人工衛星が必要なわけだ。原子炉も積んでいる。これは高速増殖炉ね。 エネルギー貯蔵のシステムもしっかりしているわ。私にわかるのはここまで。ミハイル博士って本当に天才ね。」
ポーラは言った。宇宙太陽発電とは宇宙空間にある人工衛星が太陽電池で電気を作り、電磁波に変換して地上に送信、地上でその電磁波を受信して電気に戻し、 電力を供給するシステムである。一方、高速増殖炉は使えば使うほど燃料が増える、夢のエネルギーと称された原子炉のことである。
「あれ、ムック像も設計図に書き込まれているね。小川理論かな。でも、あれはムックの抜け殻を被った人が強くなる理論だからなあ。それじゃあ一体・・・。」
そう言ったのはファンタである。そして、突然、叫び出した。
「そうだ、中野理論だ。ムックの髪の毛を加工すると、それから地磁気に反発して浮上するエネルギーが得られるんだよ。 だからロドリゲス・ブルクを浮上させるにはムック像が必要だったんだ。」
これで人工衛星の謎とムック像の謎が解けた。
「それでも僕達にわかるのはここまでか。侍リングワールドには優れた学者さんがおられるから、聞けば何かわかるかもしれない。 原子力だったら岡大統領、ムックだったら中野さんかな。」
ファンタが言った。４人はロドリゲス・ブルクから離れ、黙々と灼熱のゴンドワナ砂漠を進んでいった。 クリスは侍リングワールドに来たのは初めてだが、今はそんなことにまで頭が回らない。アクティーとポーラもあまり元気がない。 ファンタだけがケバプに会うのが楽しみなせいか、元気だった。そして、４人はケバプシティに到着した。

　ハヴェリの街のサミット会場では、長男戦隊や各国首脳がロドリゲス・ブルク対策の緊急会議を開いていた。 治郎さんが息を切らして、サミット会場に駆け込むと、全員の視線が集まった。そして、岡が声を掛けた。
「治郎さん。一体、向こうで何があったんだ。あの巨大飛行物体は何なんだ。アクティー君達の世界と関係があるのか。」
「あれは確かにアクティー君達の世界から来たものですが、詳しいことはわかりません。でも、あれが何のために来たのかはわかりました。これを聞いてください。」
治郎さんはそう言うと、レコーダーを再生させた。それはロドリゲスの宣戦布告文だった。
「侍り星人が『謎の電波があの巨大飛行物体から発信されている』なんて言うから、研究所で受信したものを解析してみると、これになったんだよ。」
「そうか。これではっきりした。奴らはエスタ科学党の残党だ。エスタ科学党のシンボルの三角フラスコが描かれていることからも間違いない。 よし、俺はこれから旧エスタ・バルカンに行ってくる。エスタ科学党の残党だったら旧エスタを狙う可能性が高い。 それにあの巨大飛行物体がどのような原理で動いているのかは不明だが、ここに来るまでの間に大量の燃料を消費したことは確かだ。 バルカンには様々なエネルギーに変換できる鉱石がある。それを狙うことも十分に考えられる。エスタ軍にバルカンを守らせよう。俺が現地で指揮を執る。」
岡が言うと、藤田が制した。
「今は緊急事態です。エスタ共和国の元首である岡大統領が現地で指揮を執られることは、万が一のことを考えると、あまりにもリスクが大き過ぎます。 岡大統領は森に囲まれていて敵が気づきにくく、高地にあるため、敵の様子がよくわかる、ここハヴェリで全軍の指揮を執ってください。」
「エスタ科学党は科学大臣が担当していた問題・・・。奴らの襲来は３０年前に科学大臣だった俺の責任だ。大統領が動くことがまずいのなら、大統領を辞職しよう。 どうせ残り任期は１年もない。俺は３０年近く大統領を務めた。もう十分だ。大統領代行に藤田首相を任命する。ここハヴェリで全軍の指揮を執ってくれ。 これから高速船でバルカンに向かう。洋と佑馬は俺と一緒にバルカンに行ってくれ。途中、坂本に寄る。佑馬は坂本に着いたら、修平と達郎を船に乗せるように。」
「承知。」
「日頃の修行の成果の見せ所だ。」
岡の掛け声に洋と佑馬は答え、３人は突然、大統領代行に任命されて驚いている藤田首相を残して、高速船に乗り込んだ。
「青島(チンタオ)の住民は全員、アドリアシティに避難させよう。できれば戦いは避けたい。戦いはむごいものだ。」
戒人はそう言いながらも、内心では戦いは避けられないと悟っていた。

　ラルタルはロドリゲス・ブルクの中を北に向かって進んでいると、目の前に突然、ロドリゲスが現れた。
「ロドリゲスさん・・・。」
ラルタルが声を漏らすと、ロドリゲスが言った。
「あの４人を逃がしてしまったのか。まあいい。あの４人は定子を倒した。確かに強い。定子の敵はいずれ私自身が取る。経はこれからレインに行くのか。」
「はい・・・。定一さんもこれからバルカンに行かれるのでしょうか・・・。」
ラルタルの質問にロドリゲスは答えた。
「わかっているみたいだな。３０年ぶりに帰ってきたんだ。生まれ故郷くらいは見ておかないとな。」
「戦いは・・・避けられないのですか・・・。」
ラルタルが尋ねると、ロドリゲスは言い切った。
「避けられない。ＡＢＥ様のご意志を継ぐ者としては絶対に。」
目の前には青島(チンタオ)とアドリア海峡が広がっており、エスタ国旗を掲げた高速船が通っていった。それを見た瞬間、ロドリゲスは消えた。 そして、大量のモンスターが青島(チンタオ)に流れ込んでいった。ラルタルは自分が何をするべきなのか、よくわからなくなっていた。 自分は一体何をやっているのか。結局、今までの自分はロドリゲスの計画に手を貸していただけではないのか。戦いは本当に避けられないのか。 ラルタルは騎士剣を抜くと、モンスターの流れ込む青島(チンタオ)に向かって走っていった。

　青島(チンタオ)に大量のモンスターが流れ込んだという情報は、ハヴェリの街のサミット会場にも入った。
「やはり、戦いは避けられないか・・・。青島(チンタオ)の孝允長官に連絡だ。『アドリアシティへの住民の避難が終わるまで、踏ん張ってくれ』と。」
戒人は叫び、部下に連絡を指示した。そして、航が戒人に進言した。
「戒人宰相殿。孝允長官を助けに行かせてください。」
「しかし、航殿はレイン国籍の池脇州知事。万が一のことがあったら・・・。」
戒人が難色を示すと、航は叫ぶように言った。
「国籍とかは関係ありません。ただ孝允を助けに行きたいんです。それに青島(チンタオ)を守ることが池脇を守ることにもなるんです。」
「私からもお願いします。私も航君と一緒に青島(チンタオ)に行きます。孝允君を助けて青島(チンタオ)を守る。そして、ツクヴァを守るためにも。」
そう言ったのは映明だ。ツクヴァは戒人の出身地でもある。戒人は考えた。
「行かせてあげなさい、戒人君。池脇の方は清和に守らせるから。」
こう言ったのは今まで黙っていた博光国王である。国王に言われると、戒人も断れない。戒人は言った。
「わかりました。航殿と映明君は青島(チンタオ)に行ってください。ハヴェリの街のふもとの港に棗中佐の船があります。それを使ってください。」
航と映明は戒人と博光に一礼すると、サミット会場を飛び出した。そして、藤田が口を開いた。
「万が一のことを考えて、アドリア市民も安全な場所に避難させた方が良いのではないのか。」
戒人はうなずき、英明に申し出た。
「レイン公国に避難させていただけないでしょうか。」
「レインも池脇もアドリアシティに近過ぎます。レイン公国では避難場所にならない・・・。」
英明が考え込むと、何と熊蔵が口を開いた。
「避難場所なら、わしに任せろ。わしの別荘がある黒い雪原なら絶対に安全じゃ。あんな怪しい所には誰も近づかん。少々寒いが。」
「熊蔵！」
一同は熊蔵に感謝し、その意見に賛成した。熊蔵の怪しさが役に立つこともあるのだ。ただ熊蔵だけでアドリア市民を誘導しようとすると、市民が恐れおののくだろうから、 英明はヴェハーリに熊蔵と共に誘導に当たり、アドリア市民の避難が終わり次第、レインと池脇の住民の誘導に当たるように指示した。 熊蔵のテレポートの力で、熊蔵とヴェハーリは消えた。ハヴェリの街に残った英明、清和、藤田、博光、戒人、治郎さんは外の状況を静かに見守っていた。

　アクティー、ポーラ、ファンタ、クリスの４人はケバプシティの宮殿で、ケバプハカセに会っていた。クリスはその異様な髪形に少し驚いているようだった。
「ケバプハカセ、ただいま帰って参りました。」
ファンタは帽子を取って、ケバプに一礼すると、ケバプはうなずき、部下達に向かって叫んだ。
「今、得体の知れない飛行物体が現れた。この街は狙われているっ。だが案ずることはない。この街は私が守るっ。」
周りにいたケバプの部下達が一斉に拍手した。そして、ケバプコールが宮殿内に起こった。よく見るとファンタも参加している。
「あのーっ。」
ポーラが全員に聞こえるように大きな声を出すと、ケバプが答えた。
「何だね、若人よ。」
「ここからハヴェリに行くには、どうすればよろしいのでしょうか？」
ポーラが尋ねると、ケバプは答えた。
「それなら、まずフィノに行きなさい。そうすれば、あとは陸路でハヴェリまで行ける。フィノまでの船は私が手配しよう。」
「フィノには雄介君という僕の友人がいます。僕の名前を言えば、きっと力になってくれるはずです。あと途中のオイハマにはムック研究家の中野さんがいます。 設計図を見せれば、何かわかるかもしれませんよ。」
ファンタがそう言うと、アクティーが口を開いた。
「なんだ。ファンタは一緒に行かないのか。」
「僕は昔、ケバプハカセとこの街を共に守る約束をしました。僕はその約束に従います。」
ファンタの言葉を聞いて、クリスはアクティーとポーラに小声で言った。
「ここの人達って何かが変。ケバプハカセといい、周りの人達といい、カルト教団じみているというか・・・。心配だから、私もファンタさんと一緒に残っていい？」
常識人のクリスの目線では、そう見えるのも無理はなく、アクティーとポーラは２人だけでフィノに渡ることにした。 ファンタとクリスはアクティーとポーラの乗る船を見送った。そして、ケバプがファンタとクリスに声を掛けた。
「ファンタ君、彼女と一緒にシュヴィに渡ってくれ。たった今、藤田首相から連絡があった。何でも敵は旧エスタを狙っているらしい。 シュヴィは旧エスタと同じ大陸だ。被害に遭う可能性もある。」
「わかりました。ハカセ。」
「彼女って・・・。」
ファンタとクリスが返事をすると、ケバプは続けた。
「うむ。このジェットスクーターを使うといい。これはムック研究家の中野さんが作った、ムックの髪の毛のエネルギーで飛ぶすぐれものだ。まだ試作段階らしいが。」
ファンタとクリスはシュヴィに向かって、ジェットスクーターに乗り込んだ。

　アクティーとポーラはフィノに到着すると、ファンタに言われたとおり、雄介の家を訪ねた。
「すみません。雄介さんはいらっしゃいませんか？」
ポーラが言うと、雄介と思われる男が出てきた。
「雄介だけど。何か用ですか。」
「ファンタさんのご友人ですよね。私達はファンタさんの故郷の世界の知り合いなんです。ファンタさんから雄介さんにこれを渡すように頼まれました。」
ポーラはそう言い、雄介に手紙を渡した。雄介は手紙を読むと言った。
「そうか、ファンタはまた侍リングワールドに戻ってきたか。よし、僕も君達についていこう。ハヴェリの街に行くにはラテンの森を通る必要がある。 あそこは迷いやすい森だ。それに僕自身も久しぶりに旅がしたくなったし。」
こうして雄介はアクティーとポーラと一緒にハヴェリの街に向かうことになり、ラテンの森に入っていった。ラテンの森の中で雄介は話し始めた。
「ファンタと僕が会ったのは３年くらい前だったかな。僕は当時は侍リングワールドを旅する旅人だったんだけど、このラテンの森で倒れているファンタを発見したんだよ。 僕はとりあえずファンタを近くにあるフィノまで連れていった。そして、僕はそこでしばらく彼の世話をしていた。元気になった彼の話を聞いて驚いたよ。 なんでも別の世界から宇宙船で来たんだって。その後、彼は生物学者としての能力を認められて、あのケバプハカセの部下になったってわけだ。」
「そうだったのか。あいつはあまり俺達の前では自分の話をしないからな。」
アクティーは言った。ラテンの森を抜けた３人の目の前にはオイハマの集落が広がっていた。

　アクティー、ポーラ、雄介の３人はオイハマの中野の研究所を訪ねた。ファンタの話では侍リングワールドで有名なムック研究家らしい。 そこには全身が髪の毛で覆われているような男がいた。まずは雄介が事情を説明した後、ポーラが話を切り出した。
「現在、砂漠に着陸している巨大飛行物体の設計図を見ていただきたいのですが、私達がこれを壊すためには、どうすればよろしいでしょうか。」
ポーラが設計図を手渡すと、それを見た中野は言った。
「これは凄いな。これはそうは簡単には壊せないぞ。私が言えるのはムック像を取り外せば、空を飛べなくなるということだけだ。」
「そもそもムックってのは何なんだ。髪の毛で覆われているのもいるし。人間と変わらないのもいるし。」
アクティーが尋ねると、中野が答えた。
「ムックには３種類ある。熊蔵のように髪の毛で覆われていて強大な力を持っている第１種ムック。 私のように髪の毛で覆われているが特別な力はない第２種ムック。そして、人間と同じ姿をしているが強大な力を持っている第３種ムック。 しかし、第３種ムックは突然変異でも起こらない限り、自然には存在しないムックだ。理論上、ムックの遺伝子を人間に組み込むと、作れるとされているが。」
アクティー、ポーラ、雄介の３人は研究所をあとにして、ヴァイン遂道を通って、ハヴェリを目指した。 もしかしたらロドリゲスとモンテルは作られたムックなのではないか。アクティーとポーラはそう感じていた。

　侍リングワールドは臨戦態勢に入った。岡、洋、佑馬、修平、達郎はバルカンに到着した。ケバプはケバプシティを守り、ファンタとクリスはシュヴィに向かっている。 熊蔵とヴェハーリは住民の誘導に当たり、航、映明、棗は孝允を助けるために青島(チンタオ)に向かっている。戦いはこの青島(チンタオ)から始まろうとしている。 棗の船は猛スピードでアドリアシティに向かうモーターボートとすれ違った。その船には騎士剣を振りかざした男が乗っている。 ラルタルである。そのことには航も映明も棗も気がつかなかった。船はモンスターに支配された青島(チンタオ)に到着した。


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