第３章「俺は変えたい」 　コミュンは薬を持って、先にコミュン島に戻り、政府軍との停戦の交渉に当たることにした。 「お兄さんによろしく伝えておいてくれ。」 コミュンはポーラにそう言うと、モーターボートに乗り込み、コミュン島へ出発した。残された４人はカウラーの街に向かって、ケープの村をあとにした。 カウラー山脈への道のりは険しかった。ケープの村を出た途端、荒野と砂漠が続いているのだ。 カウラー山脈が近づいてくると、洞窟やら獣道やら、とても人間が通るとは思えない道になっていく。クリスは黙々とその道を進んでいた。 「ずいぶん歩き慣れているみたいだね。」 ポーラは言った。ポーラは武器が重いため、一番疲れているようだ。クリスは答えた。 「年に数回、薬の材料をカウラーの街に取りに行っていますから。ポーラさんも疲れているみたいですし、そろそろ休みましょうか。」 ４人は休めそうな洞穴を見つけたので、少し休むことにした。ポーラは言った。 「ごめんね。私が足を引っ張っちゃって。でもクリスさんは大変ね。今まで一人でこんな道を往復していたんでしょ。」 「うん。でも慣れれば歩くのは大変じゃないわよ。モンスターが多いのは、ちょっと大変だけど。でもケープの村は無医村だし、医学・薬学の専門知識があるのも私だけだし。 あ、ポーラさん、あまり気になさらないで。今回はみなさんがいるおかげで、モンスターと遭遇した時に結構、楽だから。」 クリスが答えると、ポーラは言った。 「でも政府はそのような村があっても何の対策も講じない・・・。そもそも政府は収入の割に支出が極端に少ない。きっとロドリゲスが国家予算を横領しているのね。」 「私は政府には何の期待もしていません。」 クリスが言い切ると、アクティーが口を開いた。 「俺はそんな政府を叩き潰す。俺はこの世界を変えたいんだ。」 「でも総理が変わったって何も変わらないじゃない。誰が総理になったって変わらないのよ。」 クリスがそう言い終わらないうちにアクティーが言った。 「俺は総理を変えて世界を変えようと思っているんじゃない。国の構造を変えて世界を変えようと思っているんだ。そのためには今の腐りきった政府を潰す。それだけだ。」 「そんなことってできるの？」 クリスが尋ねると、アクティーは言った。 「俺はできると信じている。確かに信じているだけで成功するとは限らない。 でも信じることは成功することの十分条件にはならなくても、必要条件であることに間違いはない。そうだろう。」 「よし、その精神でロドリゲスの全世界征服の野望を打ち砕くぞ！」 ファンタが叫んだ。クリスはそのファンタの言葉を聞いて驚いた。ロドリゲスはとてつもないことを考えている。そして、この３人は本気で政府を倒そうとしている。 その３人と一緒にいる自分も無関係ではいられなくなる。口には出さなかったものの、そう感じていた。 　カウラー山脈を越えると、盆地状の台地にカウラーの街があるのが見えてきた。カウラーの街に到着すると、クリスは市場で薬の材料を買い求めた。 その市場では持ち切れないほどの荷物を抱えた男がいる。よく見ると治郎さんであった。 アクティー、ポーラ、ファンタの３人が治郎さんに声を掛けると、気づいた治郎さんが言った。 「いやあ、みんなにお土産を買おうと思ったら、すごい量になっちゃったよ。ここで会えたのには驚いたけど、元気みたいだね。あれ、そちらの方は？」 クリスはとりあえず自己紹介をした。 「僕は治郎。まあ、この３人の友達だね。それじゃあ、これから侍り星人の基地に行こうか。フィレフさんもいるよ。」 ５人は侍り星人の基地に向かった。クリスは完全に自分は反政府活動に巻き込まれてしまったと確信した。 「フィル兄。無事で良かった。」 ポーラはフィレフに駆け寄った。 「ポーラ達こそ無事で良かったよ。僕は地学研究者同士、治郎さんと意気投合してね。天文について、今まで話していたんだよ。 ポーラ達が総督府から脱出した後の話も治郎さんから聞いたよ。何でも治郎さんの世界で気功と呼ばれる特殊技能を身につけたらしいね。 早速だけど、ポーラ達が治郎さんと別れた後、どのようなことがあったかを聞かせてくれないかな。」 クリスはフィレフの話を聞いて納得した。カウラー山脈でモンスターと遭遇した時、他の３人が魔法のようなものを使っていたのを、ずっと疑問に思っていたのだ。 そして、ポーラはダロの収容所にパオの村人達がいる可能性が高いこと、コミュン島でコミュンと会ったこと、ダロ病の薬を入手する過程でクリスと会ったこと、 コミュンが政府軍と停戦を決意したことなどを話した。フィレフは言った。 「そうか。バルディ君、すまなかった。今までよく頑張ってくれた。ありがとう。実は僕達２人は大学生の頃から政府を倒そうと計画していてね。 バルディ君が政府軍を引きつけている間、僕が政府内部の情報収集を進めて、それを国民に公開することで、一気に革命に持っていくつもりだったんだよ。 でも僕が情報収集の成果を上げられないまま、反政府軍も限界に達したのでは、この作戦は失敗ということになってしまうけどね。 あとはダロで自ら指揮を執っている、政府軍司令官のモンテルが停戦交渉に応じることを祈るばかり・・・。」 バルディはコミュンの本名である。 「コミュンさんの命が危ないです。すぐにダロに行きましょう。モンテルは人ではありません。ロドリゲスの妹でムックです。 そして、冷酷非情な性格です。停戦交渉なんて応じるはずがありません。」 ファンタが立ち上がって言った。 「ムックって・・・。」 フィレフが言葉を漏らすと、ファンタは続けた。 「詳しい説明をしている時間はありません。簡単に言うと強大な力を持っているモンスターのようなものです。もちろん兄のロドリゲスもムックです。」 フィレフはロドリゲスが人間でないことは今まで知らなかった。自分の作戦では政府を倒せないと思った。 そして、このファンタという男が何でこんなに政府内部のことに詳しいのかも疑問に思った。ファンタが着席すると、代わりに立ち上がったのはクリスだった。 「私に気功を教えてください。コミュンさんを停戦に向かわせた原因は私にあります。私にも力を下さい。」 クリスがそう言うと、治郎さんが口を開いた。 「僕は長男戦隊ほど強力な気功は使えないけど、簡単なものだったら使える。それで良かったら教えるよ。」 クリスは治郎さんに深々と頭を下げた。コミュン島までは侍り星人が送ることになり、アクティー、ポーラ、ファンタ、クリス、治郎さんは宇宙船に乗り込んだ。 　宇宙船内では治郎さんがクリスに気功を教えた。コミュン島に到着すると、アクティー、ポーラ、ファンタ、クリスを降ろし、侍り星人と治郎さんは宇宙船を出発させた。 ４人が反政府軍の基地に入ると、内部が非常に騒がしい。コミュンに留守を任された、オーラムとアルジェンタムが血気にはやる反政府軍兵士を必死になだめていた。 「一体、何が起こったの・・・。」 ポーラがつぶやくと、アズラと名乗る反政府軍の少女が答えた。 「コミュンさんはダロで政府軍との停戦交渉に臨まれたのですけど、その席で突然、司令官のモンテルの指示で収容所に入れられてしまって・・・。」 「俺達で収容所に突入して、コミュンさんとパオの村人を救出しよう。このまま何もしなければ、反政府軍は勝ち目のない戦いを始めることになる。」 アクティーの意見にポーラ、ファンタ、クリスも同意せざるを得ず、４人はモーターボートでダロに向かった。 　４人はダロに到着したが、やはり収容所の入口にはタックルがいる。そこで、作戦を考えた。 「すいません。兵士のみなさんの治療に参りました。」 タックルに話し掛けたのは、顔を知られていないファンタだった。医者の格好をしている。同じく顔を知られていないクリスもいる。 「ああ、ご苦労さん。最近、ダロ病がまた流行しているからね。」 タックルは何の疑いもなく２人を通してしまった。そして、残されたアクティーとポーラの取る作戦は強行突入である。２人はタックルの前に現れた。 「アクティーにポーラ、現れたな。今度こそわしが仕留めてやろう。おい、ＩＴ２を出せ。」 タックルはそう言うと、２人の前にまたＩＴが現れた。 「このＩＴ２は前回の反省を活かして、耐熱シールドが張ってあるのだ。熱属性の攻撃は効かんぞ。」 ポーラはＩＴ２に向かって銃を連射し始めた。アクティーはタックルと格闘を始めたが、タックルは新しいグローブの力で、気功拳が前よりも強力になっていた。 「どうだ、わしは強いだろ。そして、ＩＴ２も強いだろ。銃を連射したところで傷はつけられてもダメージを与えることはできんぞ。」 タックルがそう言い終わる前に、ポーラは熱属性の攻撃を浴びせて、ＩＴ２を倒してしまった。 「ダメージが与えられなくても傷がつくだけで十分。ボロボロに傷ついた耐熱シールドなんて恐れるに足らないしね。」 そして、タックルもアクティーに倒されてしまった。気功が使えるようになったアクティーに、もうタックルは勝てるわけがないのだ。 ポーラはＩＴ２から半導体を回収して、アクティーはタックルからグローブを取り上げた後、収容所に入って、ファンタとクリスと合流した。 収容所の中は複雑に入り組み、モンスターも放たれていたが、４人はパオの村人が収監されている部屋を見つけ出した。 ファンタを先頭に４人は収監室に突入すると、今まで予想もしなかった光景が目の前に広がっていた。 　収監室にいた村人達は無事だったのだ。収監室内の衛生状態はかなり良く、全員が健康な状態だった。これは良い意味で完全に予想外だった。 アクティーとポーラは政府が何を考えているのか、よくわからなくなっていた。一方、ファンタは村人達の無事を喜んでいた。 「３年ぶりに帰ってきたファンタです。みなさんが無事で本当に良かった・・・。」 ファンタが侍リングワールドに渡ったのは３年前ということになるが、アクティーとポーラはファンタが何者なのか、ますます気になっていた。 「ねえ、ファンタさんって一体、何者なの？」 クリスが尋ねると、アクティーが答えた。 「カウラーの街で出会った治郎さんが住んでいる世界で、俺とポーラはあいつに会ったんだ。でも何であっちの世界に行っていたのか、理由はわからない。」 アクティー、ポーラ、クリスの３人は村人達との再会を喜んでいるファンタを、ただ遠くから眺めていた。 「さあ、パオの村人達も無事でしたし、次はコミュンさんを助けに行きましょう。」 ファンタはそう言って、アクティー、ポーラ、クリスに駆け寄った。４人は収容所の奥深くに進み、最深部に辿り着いたが、かなり警備は手薄な印象である。 そもそも内部にモンスターを放っているとは言え、この収容所全体の警備が手薄だ。４人は容易にコミュンを見つけ、救出することに成功した。 「コミュンさん、ごめんなさい。私があんなことを言ったばかりに・・・。」 クリスが謝ると、コミュンは首を横に振った。コミュンはかなり衰弱していた。しゃべる気力がないのだろう。クリスはコミュンを治療した。 ４人はコミュンを連れて、収容所を脱出し、コミュン島に帰るためにダロの街の海岸の方へ向かった。しかし、海岸に到着すると、帰るに帰れないことがわかった。 海岸には政府軍が集結していたのだ。そして、司令官らしき一人の女性が訓示をしているようだった。どうやらモンテルのようである。 モンテルの年齢は４０代半ばくらいのはずだが、ずっと若く見える。髪の毛は異様に長く、これは彼女がムックであることを物語っていた。 「これからコミュン島に総攻撃を仕掛ける。指導者のコミュンを欠いた反政府軍はバラバラだ。容易に全滅させることができるだろう。 現在、コミュンの処刑の許可を兄者に求めている。ラルタル総理は抵抗するだろうが、間もなく許可は下りる。許可が下りれば、コミュン島で処刑を決行する。」 「コミュンさん、俺達がモンテルを倒します。モンテルを倒せば、政府軍は確実に壊滅する。」 アクティーが言うと、ファンタが反論した。 「前にも言ったようにモンテルはムックです。人間じゃないんですよ。凶悪な力を持っているんですよ。」 「このまま俺達が何もしなかったら、間違いなくコミュン島の反政府軍は全滅する。それでもいいのか。」 これにはファンタも反論できなかった。アクティーは言った。 「俺とポーラとファンタでモンテルに戦いを挑む。クリスはコミュンさんを頼む。」 クリスはうなずいた。３人はモンテルに向かって突撃し、モンテルもまた３人に気づいた。 「総攻撃は絶対にさせない。そして、ロドリゲスの野望を砕く。」 アクティーが叫ぶと、モンテルは笑った後、腰に差していた剣を抜いて、投げつけた。その剣はモンスターとなって、３人に襲い掛かった。 「これがムックの力なんですよ。物をモンスターに変える。」 ファンタは言った。しかし、そのモンスターは難なく倒せた。３人はモンテルに近づいた。モンテルは自分の力に自信があるのか、政府軍兵士に攻撃の指示を出さない。 「我々ムックが人間に比べて、いかに優れた種族であるか見るがいい。」 モンテルはそう言うと、気功を唱えた。その威力は凄まじかった。戦いは長期化し、３人は疲労の色を隠せない。その一方、モンテルは全く疲れているようには見えない。 ファンタの言うとおり、確かにモンテルは人間離れした凶悪な力を持っていた。そこにクリスが現れた。クリスが３人を助けに来たのだ。 「コミュンさんはどうしたの？」 ポーラが尋ねたが、クリスは答えない。無言で戦闘に参加している。しばらく戦闘は続いた。しかし、その戦闘中にモンテルは突然、姿を消した。 瞬間移動の気功でも唱えたのだろうか。そして、モンテルのものと思われる長い髪の毛が落ちており、近くには剣を抜いたコミュンが立っていた。 コミュンは気づかれないようにモンテルの背後に回り、その長い髪の毛を切り落としたのだ。コミュンは言った。 「賭けは成功したな。予想どおりだ。」 「コミュンさん、どういうことですか？」 ファンタが尋ねると、コミュンは答えた。 「私は反政府軍に身を投じるまでは政府の役人をしていた。だからモンテルの兄のロドリゲスも見たことがある。奴も髪の毛は長かった。 あの兄妹が人間ではないことは昔から薄々気づいていた。その長い髪の毛を切り落とせば、力が半減すると思ってね。」 司令官を失った政府軍は壊滅した。政府軍兵士はバラバラになって、みんな逃げてしまった。政府軍兵士も内心では政府のことをよく思っていないはずである。 「コミュンさん、パオの村人達はみんな無事でした。予想外の吉報です。僕も正直言って、みんなが無事だとは思わなかった。」 ファンタが報告すると、コミュンは笑って答えた。 「それは良かった。ところで、みんなはこれからどうするつもりだい？」 ４人は誰も答えない。これからのことは何も考えていなかった。コミュンは言った。 「首都フラテスに行って、ラルタル総理に会いに行くといい。ラルタル総理は話がわかる人だ。軍を失った政府は倒れたも同然。きっと君達に協力してくれるはずだ。」 「ラルタル総理はロドリゲスの言いなりじゃないか。」 アクティーが言うと、コミュンは答えた。 「総理には総理なりの深い考えがあるんだよ。会えばわかる。私は政府の役人をしていたと言ったが、実はラルタル総理の秘書を務めていてね。当時は副総理だったが。 私の本名、バルディ・シューヴォの名前を出せば、きっと会ってくれるはずだ。フラテスまでは私が船で送っていく。」 こうしてアクティー、ポーラ、ファンタ、クリスの４人は首都フラテスに行って、ラルタル総理に会うことになってしまった。

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