第２章「それぞれの故郷」


　サミットにはレイン公国大公の英明と執事のヴェハーリ、エスタ共和国大統領の岡と首相の藤田、アドリア王国国王の博光と宰相の戒人、 ケバプ帝国皇帝ということになっているケバプが首脳として出席していた。治郎さんから聞いていたので、英明が長男戦隊の一員であることはわかった。 戒人はフィレフと同じくらいの歳であろうか。ケバプは個性的な髪形の人物である。 首脳以外にもレイン公国から州知事の航、エスタ共和国から軍人の洋と佑馬、アドリア王国から官僚の清和と映明が同席していた。 彼らが長男戦隊であることもわかった。ケバプ帝国からはファンタ・ケバプという人物が同席していたが、彼の話は治郎さんから聞いていない。 あとはとても人間とは思えない熊蔵という人物も同席していた。全身が髪の毛で覆われているような、おぞましい風貌である。 アクティーとポーラはサミットの出席者に、このような印象を持った。そして、治郎さんが話を始めた。
「このたびは僕が行方不明になったことで、皆様にご心配をお掛けして、大変申し訳ありません。僕は侍り星人の宇宙船に自分の意思で乗り込んで、 こちらのアクティー君とポーラさんが住む世界に行っていたのです。そこで何者かに捕まってしまったところ、彼らに助けてもらい、そのお礼に彼らを招待したのです。」
「いえ、助けていただいたのはこちらの方です。私達も逃げ場を失っていて、宇宙船のおかげで脱出できたのですから。」
ポーラはそう言うと、サミットの出席者に自己紹介した。続いてアクティーも自己紹介した。
「これで治郎さんの行方不明と侍り星人の問題は解決したけど、ムック像の事件との関係は・・・。」
英明が発言すると、戒人が答えた。
「それについては、僕から話します。先ほど、僕の部下が侍り星人から話を聞いてきました。その報告書がありますので、読み上げたいと思います。 『我々はロドリゲスという別の世界の政府の実力者からムック像を探し出して、持ってこれないかと頼まれた。 我々もロドリゲスからは宇宙船の基地にするための土地を頂いたりと、いろいろ恩があったので、引き受けることにした。 そして、ハヴェリにムック像があることを突き止め、うまく盗めたまでは良かったが、途中で突然、宇宙船が失速してしまい、不時着せざるを得なかった。 そこでロドリゲスの部下のタックルに捕まってしまった。入れられた牢の中では治郎様に大変お世話になりました。 その恩に報いるため、治郎様を家まで送ることにしたのです。ムック像の使用方法は我々にはよくわかりません。』以上です。」
戒人が読み終えて着席すると、おぞましい風貌の熊蔵がついにしゃべった。
「きっと、そのロドリゲスとやらは、わしのファンなのじゃ。」
「確かロドリゲスは人工衛星も打ち上げました。天文マニアの私の兄が言っていることですから、間違いないと思います。さらにプラズマ砲も開発したみたいです。」
ポーラは熊蔵を無視して話を進めると、治郎さんが言った。
「実は僕もここではないどこかの世界の国が人工衛星を打ち上げていたと思っていたんだよ。まさか君達の世界だったとはね。」
続けて岡が発言した。
「プラズマ砲も気になるな。プラズマ砲は人間を骨すらも残さずに焼き切れる恐ろしい兵器だ。したがって、我々エスタ共和国は３０年前から開発を禁止している。 昔はエスタ科学党という科学技術至上主義の恐ろしい連中がいたからな。エスタ革命後は全く姿を見なくなったが・・・。 そして、そのロドリゲスという人物は、なぜか髪長のＡＢＥの抜け殻である、ムック像の存在を知っている。一体、何者なんだ・・・。」
「みんなしてわしを無視しおって。何じゃこの仕打ちは！」
熊蔵はキレていた。殺陣祭３でも熊蔵節は健在である。
「そもそもムックとはどのような者なのですか？」
ポーラが尋ねると、映明が答えた。
「あそこにいるキレて暴れている謎の生命体のことでせう。」
「ムックに関することは、中野さんに聞かないとわからないなあ。」
治郎さんが言った。こうして本日のサミットが終わった。アクティーはロドリゲスという名前を聞いてから、ファンタが震え続けていたことを見逃さなかった。

　その日の夜、ケバプがファンタに声を掛けていた。
「どうしたファンタ君、顔色が良くないぞ。」
「いえ、僕は大丈夫ですから・・・。」
ファンタが答えると、ケバプは言った。
「そろそろ故郷に帰った方がいいんじゃないのかね。君はアクティー君やポーラ君と同じ世界の人間なんだろう。 君が何でこちらの世界に来たのか、ロドリゲスという人物とはどういう関係なのかは知らんが帰った方がいい。」
「僕はケバプシティの市民権とハカセの名字を頂きました。これからもハカセと共に街を守っていく所存です。」
「この街は私が守る！だからファンタ君はファンタ君の街を守りなさい。」
ファンタの中では望郷の念とケバプへの恩義がせめぎ合っていたが、ケバプの言葉を聞いて、後押しされたような気持ちになり、自分の故郷に帰ることを決めた。
「ハカセ、ありがとうございます。雄介君にもよろしくお伝えください。そして、必ずケバプシティに帰ります。ケバプシティは僕の第２の故郷です。」
「うむ。」
ケバプはうなずいた。ファンタは翌日、アクティー達と話をすることにした。

　サミット２日目、ファンタは廊下でアクティーとポーラに会うと一礼した。最初に口を開いたのはアクティーだった。
「あんたはどうやらロドリゲスのことを知っているらしいな。」
「ええ、存じています。僕はあなた達と同じ世界に住んでいた人間ですから。もちろんロドリゲス総理の悪政ぶりも存じています。」
「今の総理はラルタルだ。まあ結局、ラルタルはロドリゲスの言いなりだから、あまり変わってはいないがな。」
「あなた方が帰る時、僕も一緒に連れて行っていただけないでしょうか。」
ファンタが言うと、アクティーに目を向けながら、ポーラが答えた。
「私は別に構わないけど・・・。」
アクティーは考えた。このファンタという男の素性は全くわからない。こちらの世界になぜいるのか、それがまず不思議だ。アクティーは言った。
「俺達は反政府活動家で打倒ロドリゲスの考えを持っているが、あんたも同じと思っていいか。」
「そう思って差し支えありません。でもロドリゲスの強さは半端じゃないです。並みの人間の力では到底倒せません。気功が使えない人間に倒すことは不可能です。」
「気功・・・。」
アクティーは黙り込んでしまった。アクティーもポーラも気功らしい気功は使えないのだ。ファンタは続けた。
「我々だって練習次第で気功は使えるようになります。長男戦隊の方々に教わることにしましょう。そして、ロドリゲスの全世界征服の野望を阻止しましょう。」
ファンタは長男戦隊の部屋に向かっていったので、アクティーとポーラもついていくことにした。昨日の震えていたファンタとは、まるで別人である。 ３人は長男戦隊の指導のおかげで、ある程度の気功と特殊攻撃が使えるようになった。

　３人は長男戦隊や各国首脳に見送られて、侍り星人の宇宙船に乗りこんだ。治郎さんも一緒に乗りこんでいる。そして、アクティーがファンタに話し掛けた。
「ロドリゲスの全世界征服って・・・。」
「まだ断定はできませんが、僕の予想が正しければ、ロドリゲスは全世界征服を考えているはずです。」
宇宙船はファンタの故郷、パオの村に向かっていた。そして、宇宙船はパオの村に着陸したが、村人が誰もいない。
「・・・。」
ファンタは言葉も出なかった。しばらくすると、侍り星人が話し始めた。
「今まで黙っていたのだが、ここの村人は政府軍の兵士に全員捕まえられた。その理由は村人の中に反政府活動家がいる可能性があるというものだ。 誰が反政府活動家か、そんなものは調べたってわからない。だから全員捕まえたんだ。政府軍はコミュン島にいる反政府軍と戦うためにダロの街に基地を置いている。 ダロの裏にあるこの村に反政府活動家が潜んでいると不都合なのだろう。」
「僕はダロに行きます。僕の記憶が正しければ、ダロには収容所があったはず。村人を助けます。」
ファンタが決意を述べると、侍り星人は言った。
「荒野に囲まれているダロの近くに宇宙船は着陸できない。すぐに政府軍兵士に気づかれてしまう。我々はカウラーの街の郊外にある基地に戻る。 フィレフさんもそこにかくまっている。我々もできる限りのことはする。」
「兄のこと、本当にありがとうございます。」
ポーラが侍り星人に頭を下げた。侍り星人と治郎さんは宇宙船を出発させて、残された３人はパオの山道を下っていった。ポーラがファンタに話し掛けた。
「私達も一緒に連れて行っていただけないでしょうか。」
ハヴェリでのファンタの言葉を返したような台詞だ。ポーラは続けた。
「どちらにしろコミュン島に行くにはダロの街に行かなきゃいけないし。」
アクティーは驚いた。ポーラはコミュン島に行くつもりなのだ。３人はダロの荒野を街に向かって進んでいった。

　ダロの街は政府軍の基地が置かれているだけあって、多数の政府軍兵士がいた。そして、ファンタの記憶のとおり、ダロに収容所があることも確認できたが、 収容所の入口にはタックルがいるため、うかつには近づけない。アクティーとポーラはタックルに顔を知られているからだ。そこで、ポーラが提案した。
「これからコミュン島に行かない？コミュン島に行けば、反政府軍が私達に協力してくれるかも。」
「行くのはいいが、どうやって行くんだ？」
アクティーが尋ねると、ポーラはゴミ捨て場から使える部品を集めてエンジンを作り、それをボートに取り付けて、モーターボートを作ってしまった。
「これで行くのよ。」
「・・・。」
アクティーとファンタからは言葉が出ない。
「まったく政府軍の連中が、まだまだ使える物、直せば使える物を簡単に捨てちゃうから、私達にこういうチャンスを与えちゃうんじゃない。」
３人はモーターボートでコミュン島に向かった。ポーラは言った。
「フィル兄と反政府軍指導者のコミュンさんは大学の同期生で仲が良かったから、私もコミュンさんのことはよく知っているんだ。」
「あんたの兄貴は顔が広いな。」
アクティーはそう言うと、どんどん大きくなっていくコミュン島に見入っていた。

　コミュン島に上陸して、反政府軍の基地に入ると、コミュンは３人を迎えてくれた。ポーラが今までのことをコミュンに話すと、コミュンは言った。
「そうか・・・。もう少し我々は粘らなくてはならないようだな・・・。私はなるべく政府軍とは戦わず、にらみ合うことによって、時を稼いできた。 しかし、我々も限界に近づいている。反政府軍の中でも総攻撃を仕掛けて、決着をつけたいと考える者が増えているのだ。まともに戦って、我々に勝ち目はない。 さらに問題なのは、我々反政府軍の中でダロ病が流行していることだ。ここコミュン島は気温が高いため、細菌が繁殖するにはうってつけ。 そして、にらみ合いの長期化による衛生状態の悪化が感染率を高めている。政府軍の中でもダロ病が流行しているらしい。 ダロ病は昔は恐ろしい病気とされてきたが、今は薬で治る時代になっている。薬さえあれば・・・。」
「僕に薬を取りに行かせてください。昔、ダロ病の流行地帯だったケープの村に行けば、薬は確実にあると思います。 きっと衛生状態の悪いダロの収容所に入れられているパオの村人達もダロ病に苦しんでいる・・・。」
ファンタが申し出ると、コミュンが答えた。
「ありがとう。ケープの村には薬を取りに部下を何度か行かせたことがあるのだが、村の薬剤師は薬を全く我々に分けてくれないのだ。 もう私が行って話をつけるしかない。君達も後押ししてくれると助かる。」
アクティーとポーラはうなずいた。コミュンは自分の忠実な部下のオーラムとアルジェンタムという若者を呼び、総攻撃を絶対にさせないように指示した。 反政府軍兵士の中には指導者自身が動くことに反対する者も多かったが、コミュンは押し切って、３人と一緒にケープの村に向けて出発した。

　アクティー、ポーラ、ファンタ、コミュンの４人はケープの村の浜辺に上陸した。そして、目の前に広がる光景に衝撃を受けた。 緑豊かなはずのケープの村に緑がないのだ。畑の作物が何者かによって荒らされ、持ち出されている跡がはっきりと残っていた。
「ひどい。あまりにもひどい。誰がこんなことを・・・。」
コミュンはつぶやいた。４人はケープの村の薬剤師の家に到着して、入室の許可を得ると、アクティーやポーラと同じ歳くらいの眼鏡を掛けた女性がいた。
「一つ頼みがある。ダロ病を治療できる薬を分けてもらえないだろうか。私の仲間がダロ病に苦しんでいるのだ。」
コミュンは女性に訴えたものの、返事がない。しばらくして、淡々と話し始めた。
「あなたは反政府軍の兵士ですね。その格好を見ればわかります。反政府軍の方に薬を渡すことはできません。 あなた方もここに来るまでに荒れ果てた畑が続いていたのを見たでしょう。あれは全て反政府軍兵士がやったものです。 そのようなことをする方々に薬をお渡しすることはできません。」
「そうか・・・。もしかしたらとは思っていたが・・・信じたくはなかったが・・・やはりそうか。」
コミュンは頭を抱え込んでしまった。アクティーはその女性に怒鳴り声を上げた。
「貴様、それでも薬剤師か！」
「私はそんなに人がいい人間ではありません。薬を渡したところで、村を荒らしに来る兵士が増えるだけです。そうなると村の人達が困ることになります。 ここの村は政府とか反政府とか政治とは関係のない村です。村の人達はただ平和に暮らしたいと思っているだけです。 ダロ病は感染すると高熱を発して、感染者は一時的に苦しい思いはしますが、それでも命を落とすことはまれです。」
「死ななければ苦しい思いをしてもいいのか！」
アクティーは本当にその女性に殴り掛かりそうな勢いだったので、ファンタが間に入って言った。
「僕はパオの村の出身です。パオの村人は現在、政府軍によってダロの収容所に入れられているんです。 きっと彼らもダロ病に苦しんでいるに違いありません。彼らを助けるには、どうしても反政府軍の力が必要なんです。僕からもお願いします。」
そして、コミュンが抱え込んでいた頭を上げて、その女性に話し掛けた。
「あなたの言うことはもっともだ。これから政府軍と停戦して、もうこの村を荒らさないことを約束する。」
次にコミュンはポーラに向かって話し続けた。
「すまない。お兄さんとの約束を果たせなかった。」
その眼鏡の女性はコミュンに近づき、薬を渡すと、眼鏡を外して旅支度を始めた。
「どこかへ行くの・・・。」
ポーラが尋ねると、その女性は言った。
「ここに薬はこれだけしかない。薬の材料を買いにカウラーの街に行くのよ。パオの村人達の分も必要でしょ。」
「ありがとうございます。」
コミュンとファンタは深々と頭を下げた。そして、ポーラが言った。
「私もカウラーの街に行きます。カウラーの街にはフィル兄がいるはず。今までのことを話さないと。 コミュンさん、今まで頑張ってくれて、本当にありがとうございます。兄に代わって、お礼申し上げます。」
「ここからカウラーの街まではカウラー山脈を越えないといけないから、かなり険しい道のりになります。女性２人だけでは少々危険かもしれません。 パオの村人達のためです。我々も行きましょう。ねえ、アクティー君。」
ファンタはそう言って、アクティーの方を見た。アクティーは小さくうなずいて、薬剤師の女性に向かって言った。
「さっきは食って掛かるような真似をして悪かった。名前をまだ聞いていなかったな。俺の名前はアクティーだ。」
アクティーに続いて、ポーラとファンタが自己紹介すると、薬剤師の女性は答えた。
「私はクリス・メディツィ。」


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