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第１章「もう一つの世界」 侍リングワールドが平和になって、２年の歳月が経とうとしていた。平和のおかげでレイン公国、エスタ共和国、アドリア王国、ケバプ帝国の交流も盛んになり、 ４国の首脳によるサミットも毎年、開催されるようになった。今年の開催都市はアドリア王国の歴史ある街、ハヴェリである。そのサミット開催前日に事件が起こった。 ハヴェリの街に住む地学研究員の治郎さんはこの日も望遠鏡を覗いていた。望遠鏡からは一定の速度で動く物体が見える。 「今日も現れたか。やっぱり一定の周期だ。これは間違いないな。」 治郎さんはそう言うと、ノートに何かを書き込んで、空を見上げた。 「まあ世界はここ以外にもあるから当然か。でも明日のサミットで公表する必要があるかな。」 この後、治郎さんは酒を買いに街に出て、忽然と姿を消した。これが事件の始まりである。 レイン公国大公の英明はレイン公国代表としてサミットに出席するため、執事のヴェハーリと共にハヴェリに向かっていた。英明はこの日を楽しみにしていた。 それは長男戦隊の航、洋、佑馬、清和、映明も来ることになっていたからだ。英明は大公の身分であるし、他の５人も仕事が忙しいので、全員が集まる機会はめったにない。 ハヴェリの街に入ると、英明とヴェハーリは街の様子が騒がしいことに気づいた。ハヴェリの街のシンボルだったムック像が消えたのだ。 「(世の中にはあんなものを盗む、もの好きがいるんだな・・・。)」 英明はそう思いながら、サミット会場に入り、長男戦隊や各国首脳と再会した。そして、治郎さんがいないことに気づくと、エスタ共和国大統領である岡が答えた。 「治郎さんは行方不明らしい。とりあえず詳しいことがわかるまではサミットを延期しようと思っている。」 英明がうなずくと、アドリア王国宰相である戒人が口を開いた。 「ムック像も行方不明になっているだろう。昨日の夜、侍り星人の宇宙船を目撃した人がいるんだよ。 もしかしたら治郎さんの行方不明はムック像の事件や侍り星人と関係があるのかもしれない・・・。」 これらの事件は、はるか離れた「もう一つの世界」へとつながっていくことになるのである。 そのはるか離れた「もう一つの世界」は、独裁国家が支配する世界である。当然、反発者も少なくない。 その国の田舎町、シロヤマに住んでいるアクティー・アルファという人物も反発者の一人で、小さい頃から血気盛んな、格闘好きの１８歳だ。 この国には選挙らしい選挙もなく、政府上層部が勝手気ままに政治を行う。彼は昔からそれが気に食わなかった。 政府軍兵士がいない間に詰所を破壊してしまったこともある。したがって、町ではかなりの有名人だが、その一方、いつ逮捕されてもおかしくない。 また、人々が政府上層部の中でも特に嫌っているのは、かつてこの国の総理だったロドリゲスという人物である。総理時代、国民のための政治を全くやらなかったからだ。 現在では総理が変わり、いくらかマシになったが、それでもロドリゲスは依然、実権を握っている。アクティーもまた打倒ロドリゲスを心に決めている。 そのようなわけで両親との折り合いは悪い。彼の実家は宿屋を経営しているのだが、彼のおかげで宿屋が有名になって、宿泊客が増えているのも事実である。 ある日、一人の女性がその宿屋を訪ねてきた。何でもアクティーに用事があるらしいのだ。 「あなたが噂のアクティー君ね。あなたのことは前から調べさせてもらいました。」 その女性がアクティーに話し掛けた。アクティーはついに自分は逮捕されると悟った。 「そうか、政府も女を使えば俺に暴れられずに逮捕できると考えたわけか。なかなかいい考えだな。」 アクティーは笑った。今まで逮捕されなかった方が不思議なくらいだったので、全く動揺はしていない。 「機密情報もあって、ここでは話しづらいから、ちょっと部屋を貸してくれない？」 女性はそう言ったので、アクティーは部屋を貸した。どうやら政府の者ではないらしい。 「あ、私はこういう者です。」 その女性はアクティーに名刺を渡した。それには「ヤパノ技術士 ポーラ・トランジス」と書かれており、コミュン島の絵が描かれていた。 コミュン島は現在、反政府軍が立てこもっている島であり、その絵が描かれている名刺を持っていることは、反政府主義者であることを示していた。ポーラは続けた。 「とりあえず、ヤパノに来てください。ヤパノで詳しいことはお話しします。」 アクティーは考えた。この自称ポーラが政府の回し者である可能性は低くはなったが、それでもゼロではない。 しかし、行くにせよ行かないにせよ逮捕される可能性があることに変わりはない。アクティーはポーラと共にヤパノに行くことに決めた。 シロヤマの町を出ると、海の向こうにコミュン島がうっすらと見える。２人はヤパノへと続くシロヤマの森に入っていった。 アクティーがポーラと会う数日前、治郎さんは侍り星人の宇宙船の中にいた。酒を買いに行こうとしたら、侍り星人がムック像を宇宙船に載せているのを見てしまい、 自分もこっそり宇宙船に乗り込んでしまったのだ。宇宙人の宇宙船に乗ることは、治郎さんの昔からの夢だった。治郎さんは宇宙船内を徘徊して、その構造を観察した。 さらに実験と称して、そこら辺のボタンを押しまくった。宇宙船は急速に失速していった。 アクティーとポーラはシロヤマの森を抜けて、ヤパノに到着していた。ヤパノは商業が盛んな街で、ヤパノ大学等の学校が建ち並ぶ学術都市とあって、人口も多い。 アクティーはポーラに連れられて建物の中に入ると、そこには３０歳くらいの男がいた。 「フィル兄、ただいま。」 ポーラにフィル兄と呼ばれた男は返事をした。 「ポーラ、お帰り。ああ、ちゃんと例の彼を連れてきましたね。僕はフィレフ・トランジス。ポーラの兄で、ヤパノ大学の地学講師です。」 「どういう用件だ。」 アクティーがフィレフに向かって尋ねると、フィレフは話を始めた。 「最近の政府はおかしいと思いませんか？今までは国民を押さえつけようとしていたのに、最近では、そのようなことがほとんどないのです。 いくら総理が変わったからとは言え、何かがおかしい。数日前、この街に謎の飛行物体が不時着しました。 僕は急いで現場に行ってみると、東部総督府の警備兵が厳重に包囲していて、状況はよくわかりませんでした。そして、東部総督府はこのことを一切公表していません。 政府がこの事件に関わっている可能性は高いです。そこで、このことを君とポーラに調べてもらおうと思ったのです。君の噂はヤパノにも伝わっていましたからね。」 この世界は東部と西部の人口密度が高く、荒野が広がる中部の人口密度は低い。 首都フラテスは西部に位置するため、東部の中心都市であるヤパノには東部総督府を置いて、支配を徹底させているのだ。フィレフは続けた。 「夜中に東部総督府に忍び込めば、何か手掛かりが掴めるはずです。情報が封鎖されているこの国では、まず情報を入手しないと、政府は到底倒せない。 本当は僕が行くべきなのでしょうけど、情けないことに僕は妹のような戦う力がないもので・・・。」 「政府を・・・倒す。」 アクティーはフィレフの言葉から政府を倒す意志を感じ取り、静かに奮い立った。 アクティーとポーラはこの日の夜、東部総督府に忍び込むことに決めた。フィレフはポーラに東部総督府内部の資料を手渡した。 「学校の先生をやっていると知り合いが増えて、情報収集がやりやすくて良いですよ。少しでも身の危険を察したら、迷わず逃げてください。」 フィレフはそう言って、アクティーとポーラを送り出した。空には一定の速度で動く光が見える。 「しかし、政府は人工衛星なんて打ち上げて、一体、何をやるというのだろう・・・。」 フィレフはつぶやいた。 アクティーとポーラは東部総督府への忍び込みに成功していた。フィレフの資料にはセンサーの位置が示されており、ポーラが解体したので、見つからずに忍び込めたのだ。 そして、難なく総督室に近づいた。総督室からは東部総督のタックルとその部下の声が聞こえる。 「タックル総督。侍り星人と一緒にいた謎の男は、地下に監禁しておきました。また、ムック像は航路でブルクまで輸送する手はずを整えました。」 「ご苦労だった。侍り星人には働いてもらった後で悪いのだが、情報が漏れると困るからな。計画が実行されるまでは監禁しておこう。 これでわしも次期総理の座にまた一歩近づいたな。総理のラルタルが失言でもしてくれれば、次はわしが総理だ。」 ブルクは世界の西端にある軍事都市で、一般市民の立ち入りは禁止されている。アクティーもポーラも「侍り星人」、「ムック」という言葉を聞くのは初めてだったので、 話の内容はあまり理解できなかった。ただし、ブルクで政府が何かをやっていることだけはわかった。２人が総督室から離れようとすると、既に警備兵に取り囲まれていた。 ２人はあまりにも深入りし過ぎたのだ。警備兵の存在に気がついたタックルも２人に近づいてきた。 「おや、アクティーじゃないか。わしは知っているぞ。そして、ポーラだな。技術士ふぜいが政治に口出ししおって。おい、ＩＴを出せ。 こやつらはわしとＩＴがじきじきに始末しよう。そうすれば、また次期総理の座に近づける。」 実はポーラはフィレフと共に教育環境の改善を求めて、何度か東部総督府に乗りこんだことがあり、タックルとは因縁浅からぬ仲なのである。 戦闘は避けられそうにない。２人の前にタックルと機械系モンスターＩＴが立ち塞がった。 「わしも格闘家だ。わしはアクティーの相手をするとしよう。ＩＴの相手はポーラだ。技術が技術士よりも強いことを見せてやれ。」 アクティーはタックル相手に力では負ける気がしなかったが、たまにタックルは炎のパンチを繰り出してくる。 これは気功の一種で、この世界の住人にはできないとされているものだ。 また、ポーラは相手が機械系であるため、雷属性の攻撃をするのだが、ほとんど効いていない。どうやらバリアのようなものが張られているらしい。 「どうだ、ＩＴは凄いだろう。雷属性の攻撃で受けるダメージを緩和するバリアを張ることができるのだ。これはあのプラズマ砲のダメージすらも緩和してしまう。 もう実験によって実証されているのだ。」 「プラズマ砲？！」 ポーラは驚いた。実験によって実証されているということは、既に政府が強力な威力を持つプラズマ砲を開発したことになる。 タックルはしまったと思った。自分の口から超機密情報を漏らしてしまったのだ。 「おのれ、知ってしまったからには、もう返すわけにはいかん。」 「自分からしゃべっといて、よく言うぜ。」 アクティーはタックルと激闘を繰り広げた。一方、ポーラはもうＩＴを倒していた。今度はタックルが驚いた。 「機械系は雷属性と水属性に弱いのが常識だけど、このＩＴは半導体が大量に内部に組み込まれている。 半導体は熱に弱いから、熱属性で攻撃させていただきました。技術士が技術に負けるわけがないでしょ。」 ＩＴが倒されてしまったため、タックルの炎のパンチの威力は急激に衰えた。どうやらＩＴがタックルの気功の力を増幅させていたらしい。 こうなったらタックルにもう勝ち目はない。アクティーにあっさり倒されてしまった。２人を囲んでいた警備兵も、いつの間にか逃げ出していなくなっていた。 アクティーはタックルが使っていたグローブを取り上げた。どうやら特殊な材料が使用されているらしく、これを装着すると気功拳が使えるようになるようだ。 一方、ポーラはＩＴから半導体を取り出した。これをポーラの武器に組み込むと、その機械系モンスターの技が使えるようになる。 ２人はフィレフの資料どおり、地下の洞窟を通って、撤退することにした。地下の洞窟に入ると、何か遠くの方から音が聞こえる。 音の方に近づくと、牢に入れられている男が三線を弾いていた。治郎さんである。治郎さんは２人に話し掛けた。 「ここから出してくれないかな。宇宙船から降りたら、いきなり捕まって・・・。」 よく見ると、牢にいるのは治郎さんだけではない。侍り星人もいた。しかし、侍り星人はこの世界の環境には適応していないため、かなり弱っているようだった。 「宇宙船・・・。フィル兄の言っていた、不時着した謎の飛行物体のことかも・・・。」 ポーラが言った。アクティーとポーラは人道的な観点と、彼らが政府の回し者ではないことを察し、治郎さんと侍り星人を解放した。 そして、共に洞窟を抜け出すと、宇宙船が置かれている東部総督府の裏庭に出た。しかし、東部総督府の周りは警備兵によって取り囲まれており、逃げられなくなってしまった。 「２人とも侍リングワールドに来る？」 治郎さんの言っていることの意味が、アクティーとポーラはよくわからなかったが、今の状況だと宇宙船に乗るしかなさそうで、治郎さんに従うことにした。 侍り星人は牢の中で治郎さんにいろいろと助けてもらっていたので、治郎さんの言うとおり、宇宙船を動かした。宇宙船は侍リングワールドに向かって出発した。 「実は僕はこの世界の人間じゃない。別の世界から来たんだよ。これから僕の世界に君達を招待するからね。」 治郎さんは今まで起きたことや侍リングワールドについて、アクティーとポーラに話した。そして、ポーラが言った。 「状況はわかりました。あとはフィル兄のことが心配・・・。」 それを聞いた侍り星人は、仲間にフィレフをかくまうように連絡するという。ポーラはフィレフのことを侍り星人に教えた。一方、アクティーは窓から外を見ていた。 「俺が住んでいる世界以外にも別の世界があるとは・・・。一体どんな世界なんだ。」 「侍リングワールドは今まで我々が見てきた世界の中では住みやすい世界だ。この星には世界は何十とある。あなたの世界よりも政治がひどい世界だってある。」 アクティーは、その侍り星人の言葉を感慨深げに聞いていた。 宇宙船から侍リングワールドが見えてきた。宇宙船は森の中の街、ハヴェリに近づき、街の郊外に着陸した。 侍り星人の宇宙船が着陸したとあって、アドリア軍が周りを取り囲んだが、治郎さんが宇宙船から出てきて、状況を説明した。 治郎さんに連れられて、アクティーとポーラはサミットの会場に向かうことになった。侍り星人はあまり外にいられないため、宇宙船の中にとどまった。 アクティーとポーラは宇宙船での移動中、治郎さんから侍リングワールドの話をいろいろと聞いていたが、街の様子が至って平和なのには驚いた。 ２年前に侍リングワールドを平和にしたのは長男戦隊という話も治郎さんから聞いていたので、長男戦隊とはいかなる人物なのかも関心がある。 治郎さんがサミット会場に到着すると、英明をはじめとした長男戦隊や各国首脳が駆け寄り、今までどうしていたのかと質問攻めにあっていた。 「とりあえずサミットでゆっくり話すから。その時、こちらの２人も紹介するよ。」 治郎さんの言葉を受けて、アクティーとポーラは一礼した。そして、侍リングワールド４国の首脳によるサミットが始まった。 |