第４巻「エスタの巻」


　オイハマで一件落着の雰囲気に包まれた長男戦隊達だが、海の方からエンジン音が聞こえてきた。凄まじい速さの船がオイハマの港に向かっている。
「あの国旗は・・・エスタの高速船だ！」
最初に気づいた洋が叫び、全員の注目が集まる。船が港に到着すると、中から出てきたのは達郎で、一枚の文書を読み上げた。
「岡大統領からの伝言です。藤田首相のコンドワナ砂漠の報告を聞いて、一つの決断をした。南方から襲来するモンスターは想像以上にアドリア王国を圧迫している。 この問題を解決するには直接、ケバプ帝国に乗り込んで、ケバプ皇帝と話をしないと始まらない。そこで、洋と佑馬、できれば清和もバルカンに来て欲しい。 まずはエスタ共和国の過去を話す。洋と佑馬はもちろん、外交官の清和も勉強になるだろう。そして、インディア火山を越えて、共にケバプ帝国に乗り込もう！」
洋と佑馬が承知し、アドリア国籍ではあるが、エスタ共和国付の外交官ということで、指名されたと思われる清和も承知した。そして、英明が口を開いた。
「岡大統領の仰せのとおり、ケバプ皇帝と話をするのが一番だ。俺はレイン公国大公として、ラテンの森を抜け、ケバプ帝国を目指し、ケバプ皇帝との面会を果たす！」
航が賛同し、熊蔵が「わしも行こう」と便乗する中、考え込んでいるのは映明である。それを察した、孝允が言った。
「戒人宰相もケバプ帝国の内情調査は必要とのお考えでした。余は棗中佐と一緒にアドリアシティに戻るけど、戒人宰相には話をしておくよ。」
「ありがとうございます。これで迷うことなく、アドリア王国の一員として、ケバプ帝国に行くことができます。」
映明は孝允に感謝し、英明、航、熊蔵と共にラテンの森に入った。洋、佑馬、清和、藤田は高速船に乗り込み、バルカンに向かった。

　洋、佑馬、清和はバルカンに到着すると、岡が出迎えてくれた。藤田は政務があるため、そのまま高速船で首都のエスタに帰り、達郎も坂本に帰った。 バルカンは鉱山都市として有名で、関係者以外の人口は少ないが、どこか寂れた雰囲気があるのは、廃墟が目立つせいなのだろう。岡は３人をある建物に案内した。
「このバルカンは現在、エスタ連邦共和国の直轄地として、鉱山を管理する重要な拠点だが、かつては旧エスタ共和国の中心都市で、バルカン・エスタⅠと呼ばれていてね。 当時の歴史とエスタの科学技術力を伝える施設が、ここにあるエスタ科学博物館、その館長の小川さんだ。昔はエスタの議長を務めた、俺の先輩だよ。」
「館長の小川です。岡君から若者にエスタ共和国の過去を伝えたいと頼まれてね。あたしに原理はよくわかんないんだけど、過去を上映できる映像設備があるから、 ２８年前のエスタ革命のこと、髪長のＡＢＥという独裁者のことを知ってもらおうかなと思っているよ。それがケバプ帝国に乗り込む、予備知識になるんだとさ。」
岡に紹介された小川は年配の女性である。洋、佑馬、清和の３人は挨拶しつつも、どこか腑に落ちない表情だ。そして、上映が始まった。


「エスタの科学大臣ともあろうお方が、インディア火山の奥地の調査を命じられるとは・・・。髪長のＡＢＥ様は、岡さんのことが嫌いなのかね？」
「俺自身は登山は好きだから、その点は全く気にしていない。専門外の地学的な調査は不安だったが、治郎さんに付き合ってもらって、本当に助かっているよ。 ＡＢＥが俺をどう思っているのかは知らないが、奴の取り巻きの官僚や軍人の一部は、俺のことを良く思っていない者もいるだろうな。 俺は科学大臣の権限で、急進的な科学技術研究を規制したが、ＡＢＥの取り巻きと不満を抱いている科学者達は、つながりを持っていると聞く。無理もない話だ。」
最初に話し掛けたのはハヴェリの地学研究員の治郎さんで当時２１歳、答えたのは旧エスタ共和国科学相、後に大統領となる岡で当時２９歳である。
「エスタ科学党ですか・・・。僕も研究員ですから、研究を規制されることの辛さはわかります。共存することは、できなかったのでしょうか？」
治郎さんが問い掛けた。エスタ科学党とは急進的な科学技術研究の規制に反発した科学者達が結成したとされる地下組織の名称である。岡が答えた。
「俺も物理学者として、全く気持ちが理解できないわけではない。しかし、彼らの科学技術力は世界を滅ぼしかねないレベルにまで到達している。 以前に抜き打ちで査察した時は、人間を骨すらも残さずに焼き切れると言われる、プラズマ砲を研究していた痕跡があってな、もうテロリスト手前の集団だよ。 首都のグランド・エスタⅡも生態系が乱れて、怪しいモンスターが発生しているらしいが、彼らの仕業の可能性が高いと思っている。」
想像以上の状況に、治郎さんは言葉も出ない。２人はインディア火山の洞窟に入り、調査を続けると、揉めているような声が聞こえてきた。
「ムック教に入りなさい。共にＡＢＥ様を崇めようではないか。」
「そんなのは知らん。いいから道を教えてくれ。」
全く会話が噛み合っていない。ムック教を勧誘している方は、人間というよりは言葉を喋るモンスターで、道を尋ねている方は、髪型が異様なものの、人間のようだ。
「それならば続きは溶岩の中で話すしかないな。」
言葉を喋るモンスターは髪型が異様な男を溶岩の中に引きずり込もうとする。男が抵抗しようとすると、割って入ったのは岡だった。
「お前はＡＢＥの力でモンスター化した溶岩か。強引な個人崇拝の宗教勧誘はエスタでは禁止されていてな。」
「ＡＢＥ様のお考えを否定する者は許さん！」
モンスターが攻撃を仕掛けてきたため、岡と髪型が異様な男は応戦した。治郎さんも加勢すると、分が悪くなったモンスターは溶岩の中に逃走した。
「なかなかの実力で驚かされました。道に迷われているようですが、どちら様で・・・。」
岡に聞かれて、髪型が異様な男は答えた。
「名乗るほどの者ではない。街の安全を守るにはどうすれば良いかを求めて、世界各地の街を訪ね歩いている旅人だ。エスタに向かいたいのだが・・・。」
「それならば、もう少しで調査が終わりますから、僕らと一緒にエスタに行きましょう。旅は人数が多い方が楽しいですし。」
治郎さんの発案で、その旅人も行動を共にすることになった。岡と治郎さんはインディア火山の調査を終えて、旅人と一緒に下山し、ふもとの火山観測所に到着した。

　インディア火山のふもとの火山観測所は、髪長のＡＢＥから科学大臣の岡が駐在を命じられており、現在は岡の執務室でもある。 実質的には左遷なのだろうが、岡は気にしていないようだ。３人が休んでいると、突然、忍者のような男が押し入り、岡に攻撃を仕掛けてきた。
「エスタの大臣、覚悟！」
岡は不意を突かれたものの、何とか攻撃をかわした。治郎さんと旅人が駆け寄り、３対１の状況になっても、忍者のような男は怯まずに攻撃を続けた。 しかし、最後は旅人に取り押さえられてしまった。治郎さんが武器を取り上げ、岡が近寄ると、忍者のような男は叫んだ。
「白樺がエスタ軍に占領された。白樺州知事として、この怒りを誰にぶつければ・・・。」
それを聞いて、治郎さんがつぶやいた。
「白樺は忍者の里。その知事と言えば・・・。」
「藤田だ。白樺だけじゃない。坂本とツクヴァも占領された。今は池脇を挟んで、レイン公国と一触即発の状態だ。エスタの大臣、どうしてくれるんだ！」
この忍者のような男が後にエスタ連邦共和国の首相となる藤田で、当時２６歳である。岡は驚きを隠せない。
「俺が首都を離れている間に、このようなことが・・・。もう髪長のＡＢＥの暴走を黙って見てはいられない。首都のグランド・エスタⅡに行こう。」
「街の安全を守るのだな。それならば私も参加しよう。」
岡の掛け声に旅人が答え、治郎さんも拳を突き上げた。そして、藤田が口を開いた。
「エスタの大臣殿は、占領には関与していなかったということか・・・。先ほどは大変申し訳ないことをした。許されるならば、私も連れて行って欲しい。」
藤田に深々と頭を下げられ、岡は顔を上げるように促し、大きくうなずいた。４人はエスタ共和国の首都のグランド・エスタⅡに急いだ。

　エスタ共和国の中心都市はバルカン・エスタⅠだが、降り積もる火山灰と環境汚染が進み、首都機能は隣接するグランド・エスタⅡに置かれている。 グランド・エスタⅡは火山灰や環境汚染の影響を小さくするため、地下都市のような構造になっている。４人が到着すると、旅人がつぶやいた。
「薄暗い街だな・・・。街の中なのにモンスターまでいるのか。」
「ここはそういう場所だ。万が一、インディア火山が噴火しても、首都機能を損なわれないようにするためだが、これだけモンスターがいると、街としてはダメだな・・・。 いずれは北のローレシア大陸に遷都することが決まっているが、この騒ぎを鎮めるのが先決だ。ＡＢＥ派の兵士に見つからないよう、先を急ごう。」
岡が答えると、藤田が言った。
「大臣殿はどちらに向かわれているのですか。もしＡＢＥを襲うならば、先鋒はこの藤田に申し付けていただきたい。」
「まずは情報収集が先決だ。反ＡＢＥ派の重鎮の小川議長に会って、俺がいない間の状況を聞く。」
岡は治郎さん、旅人、藤田を引き連れて、ＡＢＥ派の兵士の監視をかわしながら、議長公邸に到着した。４人が公邸の中に入ると、現れたのはクロムックだった。
「ここにもＡＢＥの分身が・・。早く倒して、小川議長の安全を確保しよう！」
岡の掛け声で戦闘が始まった。クロムックの攻撃力は高く、苦戦を予想したが、しばらくすると動きが止まった。そして、クロムックの中から小川が出てきた。
「ＡＢＥの抜け殻を加工して、着ぐるみを作ったのだけど、なかなか優秀な強化スーツだよ。岡君、侵略のことは聞いているね。」
「小川議長、紛らわしいことはやめてください・・・。侵略は白樺の藤田知事から聞きました。やはりＡＢＥの指示でしょうか。」
岡が問い掛けると、小川はゆっくりとうなずいた。
「ＡＢＥと取り巻き共の仕業だよ。ちょうど今の時間、ＡＢＥはバルカン・エスタⅠのヘアーサロン中野で整髪しているはず。奴の髪の長さじゃ、時間が掛かるだろう。 あたしはグランド・エスタⅡからＡＢＥがお忍びでヘアーサロン中野に通うための秘密の抜け穴を知っているから、この絶好機に奴を倒せば、侵略を止められる。 人望のある岡君・・・いや、岡科学大臣こそ、エスタのリーダーにふさわしいと、あたしは太鼓判を押すよ。十分に勝算はあると思うけどね。」
「岡科学大臣殿、やりましょう。白樺州知事として、全面的に支持します。」
藤田が声を上げて、手を差し出した。岡はしばらく考え込んだ後、決意を固めて、大きくうなずき、藤田と固い握手を交わした。 治郎さんと旅人も手をかざし、その様子を見た小川は少し笑みを浮かべ、静かに４人を秘密の抜け穴に案内した。

　秘密の抜け穴を出ると、ヘアーサロン中野に直結しており、カプセルの中で真っ黒な生命体がうごめいていた。どうやらＡＢＥが洗髪中のようだ。
「岡か。気持ち良いところ、何の用じゃ！」
「なぜ侵略を始めたと、問いたいところだが、話し合いが通じるとは思っていない。エスタの総統の座から降りてもらおうか！」
岡が攻撃を仕掛け、藤田が続くと、ＡＢＥは念力によって、２人を吹き飛ばした。
「エスタの総統に歯向かうか。わしの力を見よ！」
ＡＢＥが何かを唱えると、ヘアーサロン中野の美容師である中野が雷に打たれ、クロムックのような姿になってしまった。 それを見て、治郎さんは腰を抜かすが、当の中野は平然としている。さらにＡＢＥはテレポートによって、カプセルの中から脱出した。 しかし、洗髪で濡れた髪が重いのか、少し動きが鈍いように感じられた。その隙を見逃さずにＡＢＥを取り押さえたのは旅人だった。
「この街・・・いやエスタを安全にするため、早く！」
旅人の掛け声を受けて、藤田、岡、治郎さんの順に攻撃を加えると、ＡＢＥは断末魔を上げて倒れたが、カプセルの中にもＡＢＥの分身が残っていた。
「大丈夫。テレポートした時に脱皮して残った抜け殻だよ。なかなか珍しいから、お土産にハヴェリに持って帰ろうかな。」
治郎さんの言葉に安心していると、ヘアーサロン中野の外から祝砲と歓声が聞こえた。外に出た岡はＡＢＥ打倒を祝う市民に囲まれ、エスタ革命を成し遂げたのだった。


「師匠・・・いや藤田首相にそんな過去があったとは。中野さんの謎もわかったけど、強靭なメンタルだな・・・。」
「旅人の強さには驚いたぜ。過去を上映できる映像設備って、どんな原理なのかが気になる・・・。」
「なるほど。このような経緯でハヴェリにムック像が飾れているのですね。」
洋、佑馬、清和は思い思いの感想を述べると、岡が話し始めた。
「この後は白樺と坂本を自治州とした、エスタ連邦共和国が建国されて、俺が大統領になったものの、遷都で財政難に陥り、ツクヴァをアドリア王国に売却したりと、 いろいろあったが、一番言いたいのはＡＢＥの本体と旅人が消えていたということだ。もしかしたら旅人は髪型が異様との情報もあるケバプなのではないかと思ってな。 モンスターの襲来についても、物をモンスター化する能力のあるＡＢＥとの関連が疑われる。奴の取り巻きやエスタ科学党の幹部が行方不明なことも気になる。」
「もしかしたらケバプがＡＢＥの力を使って、モンスターを操っている可能性があるということか。よし、ケバプを倒しに行こう！」
佑馬が気勢を上げると、洋が制した。
「そう決まったわけじゃない。それでも確認は必要だから、ケバプ帝国に行くということですよね。」
洋の言葉を聞いて、岡は静かにうなずいた。洋、佑馬、清和、岡は小川に見送られて、ケバプ帝国を目指すため、まずはインディア火山に向かった。

　４人はインディア火山に登り、洞窟の中に入ると、エスタ科学博物館の映像で見たモンスターが待ち構えていた。
「ムック教に入りなさい。共にＡＢＥ様を崇めようではないか。」
「懐かしい展開だな・・・。強引な個人崇拝の宗教勧誘はエスタでは禁止されていてな。それに妄信者に話は通じない。道をあけないなら、実力行使しかない。」
岡が答えると、モンスターが襲い掛かってきた。しかし、清和が炎属性に対抗する気功で動きを抑え、洋、佑馬、岡が攻撃を仕掛けて、何とか倒すことができた。
「この洞窟を抜けた先は、エスタの支配が及ばない地域。おそらくケバプ帝国領ということだ。心して行こう。」
岡の言葉に洋、佑馬、清和はうなずき、インディア火山の洞窟を抜けると、遠くに小さな村が見えた。その上空には翼竜の群れが飛び交っている。 異常に気づいた４人は急いで村に入ったところ、村人達は逃げ惑い、逃げ遅れた子供を守るため、一人の若い女性が杖を持ち、翼竜に立ち向かい、叫んでいた。
「これ以上、村を襲うというのなら、この杖のサビにしてやるわ！」
「いくら何でも、女性が杖一本でドラゴンを倒せないだろ！」
佑馬が助太刀しようとすると、若い女性は気功を唱え、翼竜の動きを停止させた。その翼竜に佑馬は攻撃を加え、洋、清和、岡も続いて、倒すことができた。
「どちら様かは存じませんが、助けてくださり、ありがとうございます。このシュヴィの村長を務める者ですが、恐竜やモンスターの襲来は日常茶飯事とは言え、 最近はケバプシティからの援軍も少なくて、苦戦を強いられることが増えていたので、本当に助かりました。皆様、お強いのですね。」
「私はインディア火山の北にあるエスタ連邦共和国の大統領の岡。そして、部下の洋と佑馬、アドリア自由王国の外交官の清和公使だ。少し話があるのだが・・・」
岡が名乗ると、若い女性の村長は驚いた。
「そのような偉い方とは・・・。続きは村役場で、ゆっくり話を聞かせてください。」
４人は村長にケバプ皇帝との面会を仲介してもらえればとの思いを抱きつつ、シュヴィの村役場に移動した。


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