第２巻「アドリアの巻(上)」


　長男戦隊の佑馬、清和、映明、すなわち未塾児連盟の３人はツクヴァの南方に移動していた。すると邪悪な雰囲気を漂わせる塔が見えた。強制収容所の本拠地のようだ。
「さすがは岡大統領。エスタ共和国の情報収集力は素晴らしいですね。ツクヴァの南方で、本拠地は塔の形状というところまで、一致していますよ。」
清和が言った。未塾児連盟の最高顧問とは、エスタ連邦共和国の岡大統領のことだったのだ。エスタ共和国の大統領の立場で動くと内政干渉になってしまう。 未塾児連盟の最高顧問の立場であれば、形式上、エスタ陸軍所属の軍人の佑馬だけでなく、アドリア国籍の清和と映明にも働き掛けることができるという算段だ。 ３人は強制収容所の塔に到着すると、塔の２階で強制収容所の手下に追い回されている少女を発見した。そして、手下と一緒に少女が落ちてきた。
「何だかわからないが、強制収容所の奴らが悪人であることに間違いない。奴らを倒すぞ！」
佑馬の掛け声に清和と映明も続き、強制収容所の手下を蹴散らした。少女は自己紹介をした。
「私はフレイ。ツクヴァで勉強をしていたら、至高塾ってところから誘いがあって。良い噂は聞かなかったけれど、剣技には少し自信があったし、潜入捜査みたいな感じで、 好奇心を持って入ったら、実は強制収容所だった・・・。逃げようとしたら、講師に追い回されて・・・。あっ、助けてくれて、ありがとうございます。」
「俺は佑馬。強制収容所を叩き潰す、未塾児連盟の会長だ。清和と映明も未塾児連盟のメンバーだ。しかし、潜入捜査とは、なかなか大胆だな。」
３人にフレイも加わり、強制収容所の塔に突入し、至高塾の講師ということになっている、手下共を倒しながら階上に進むと、ゾンビのような風貌の男が待ち構えていた。
「酷くやつれた顔ですな。まるでプリンしか食べていないような。」
「侮ってはいけません。奴は至高塾の幹部です。」
映明の突っ込みにフレイが答えると、清和が叫んだ。
「０１０、強制収容所の手先に身を落としていたとは・・・。今度こそ倒す！」
清和とは因縁のある相手のようで、互いに攻撃の応酬がなされた後、「紙一重か・・・」の声と共に０１０が消え、一同の気が緩んだ隙、フレイが連れ去られた。
「この程度の攻撃で俺がやられると思ったか。俺は素早さには自信がある。フレイ、ここから逃げた罪は重いぞ。」
遠ざかるように０１０の声が聞こえ、未塾児連盟の３人は追いかけて、塔の最上階に到達すると、フレイを人質に取った０１０の横には魔女のような女が立っていた。
「お前は悪の化身！」
「至高塾を統括している最高幹部です。みなさん、すみません・・・。」
未塾児連盟の宿敵とわかった佑馬が声を上げ、フレイが謝った。人質を取られている以上、身動きが取れず、悪の化身は３人に次々と物理攻撃を与えながら言い放った。
「何と愚かなんでしょう。あなた達を教育した学校の先生も何てバカなんでしょう。おとなしく至高塾の軍門に下りなさい。」
３人は防戦一方の絶体絶命の状況に陥ったその時、塔の窓を突き破った男が０１０に攻撃を加え、人質となっていたフレイを解放した。そして、清和が叫んだ。
「岡大統領！来てくださったのですね！」
「清和よ。ここでは最高顧問と呼んでくれ。アドリア王国への内政干渉になってしまうからな。」
岡の加勢によって、未塾児連盟の３人とフレイは体勢を立て直した。清和は０１０に反撃した。
「卑怯な手を使って、絶対に許せん！」
清和はハンマーや気功で猛攻を加え、０１０を追い詰めた。一方、他の４人は悪の化身の攻撃に苦戦していた。地面から火柱が上がり、まるで棗の定在刃のようだ。
「定在刃を防ぐ気功とかはないのか、清和！」
「あるにはありますが、習得できていないもので・・・。仮に習得できていたとしても、今は手が空いていません。」
佑馬の問い掛けに０１０と戦闘中の清和が答えた。この状況を救ったのはフレイの剣技であった。フレイが剣を振るうと、次々と火柱が消化されていった。 形勢は逆転し、佑馬の刀技と映明の格闘技によって畳み掛けると、悪の化身は吹き飛ばされた。
「こんなはずでは・・・。あとは任せたぞ！」
テレポートのような技で、悪の化身は逃亡した。そして、戦闘不能状態の０１０が残され、何も言わずに彷徨い続けている。
「今すぐ離れるんだ！そいつは狂っているぞ！」
岡の叫び声の直後、０１０は自爆したが、清和の気功とフレイの火消しの剣技によって、最小限のダメージで済んだ。強制収容所の手下共も、塔からいなくなっていた。 佑馬、清和、映明、フレイ、岡は地下室に強制収容されていた子供達を助け出し、ツクヴァに凱旋した。
「私はツクヴァに残ります。まだ至高塾の残党がいないとも限らないし、子供達を守らないと。」
「そうしてもらえると助かります。私は仲間と一緒に少しツクヴァを離れなければならぬゆえ。」
フレイの言葉に映明が答えた。佑馬、清和、映明、岡はアドリア海軍の棗の船に乗り込み、ツクヴァに近い海岸から出航した。

　船の中では佑馬と清和が孝允の手紙について、映明と岡に話した。映明は孝允と親しく、行方不明との情報には驚きを隠せない。岡が静かに口を開いた。
「ロンドゥバロ村のことは知っていたが、孝允長官殿が行方不明とは・・・。いずれにしても、エスタに戻って、英明大公殿と話をした方が良さそうだな。 しかし、俺は非公式で外出している手前、アドリア海軍の船でエスタに帰るのは差し障りがあるし、棗中佐殿にも迷惑が掛かる。坂本で降ろしてもらうか・・・。」
「それならば、私に提案があります。坂本の東に熊の住み家と呼ばれる場所があって、私の知り合いがいるはずなので、声を掛けてみようかと。」
映明が提案すると、佑馬が言った。
「確かあそこは熊を相手に修行する格闘家が集う場所だったな。最近は空間が歪んだり、怪奇現象が起こるようになって、誰も近寄らないらしいが・・・。」
「それは奴の仕業でせう。不思議な力を持っているので、戦力としても計算できます。欠点は髪の長い熊のような、おぞましい風貌で、怖がられることくらいです。」
映明の言葉に、すかさず清和は突っ込んだ。
「ほとんど化け物じゃないですか・・・。それに戦力って、連れて行くつもりなんですか・・・。」
「これは興味深い。実に面白そうだ。早く会いに行こう。」
岡は乗り気である。船は坂本の東の海岸に到着し、棗とアドリア海軍兵とは別れ、熊の住み家と呼ばれる森に入ると、その最深部の空間は歪められていた。 空中を動く煙突、動き回る縫いぐるみ、突然消える絵、絵に描いた階段、変な建物・・・。サンバのような陽気な音楽まで流れ、清和は驚き、岡は興味を示している。 奥にある建物に入ると、雷鳴と共に全身を髪の毛で覆われた、おぞましい生き物が現れた。そして、映明が声を掛けた。
「熊蔵、お久しぶりです。頼みがあって、来ました。」
「ほう。わしに頼みか。で、誰を殺るんじゃ？」
熊蔵と呼ばれた生き物は、殺し屋のような発言をしたが、さすがに映明は否定した。
「そうじゃなくて、一緒について来て欲しいのです。ペットとして。」
「ペットじゃとぉ？何じゃこの仕打ちは！」
怒った熊蔵は強引に仲間に加わった。未塾児連盟の一行は怪しげな熊蔵を引き連れて、エスタに向かうことになってしまった。

　英明、航、洋、藤田は既にエスタに到着しており、大統領官邸で待機していた。英明は藤田に孝允の手紙とエスタ共和国の協力を得たいことを申し出た。
「ロンドゥバロ村のことは知っている。これは私の勘だが、おそらく岡大統領が動いているはずだ。孝允長官殿のエスタ国内の捜索は、すぐに手配しよう。」
藤田の返答に英明がお礼を言おうとすると、遠くで女性の悲鳴が聞こえた。４人が駆けつけた先には熊蔵がいた。藤田は剣を抜いた。
「この人を食らう化け物め。退治してくれる！」
「わしは人を食べん。腹が減ったから、何か食わせてくれと言っただけじゃ！」
熊蔵は弁明するが、藤田は信用していない。そこに佑馬、清和、映明、岡が現れた。映明が言った。
「私の知り合いです。見た目がおぞまし過ぎるので、とても誤解を招きやすいですが、人を食ったりはしませぬ。」
「わかった。悪いことをした。白樺で忍者をやっていた頃を思い出すのか、どうもクロムックのような風貌は敵視してしまってな。」
藤田は剣を収めた。全員が揃ったところで、それぞれ起こったことを話した。特に英明は未塾児連盟の最高顧問がエスタ連邦共和国の岡大統領だったことに驚いている。 自分が知らせるよりも先にエスタ共和国は情報を掴み、動いていたとは・・・。そこに飛び込んできたのは、息を切らしたヴェハーリだった。
「英明様・・・。皆様・・・。大変です・・・。アドリア城が占拠されてしまいました・・・。アドリアシティの東の教会から、謎の一味が攻め込んできて・・・。 安藤様がレイン軍を指揮して、国境の守りを固めつつ、アドリア市民を避難させていますが、長男戦隊とエスタの皆様のご支援を・・・。」
「アドリアシティの東の教会というと、白樺や坂本で強引な勧誘をしている宗教か。アドリア領であるがゆえに、エスタとしても手出しできなかったが・・・。」
藤田の発言を受けた、岡の決断は早かった。
「これ以上は放置できまい。現に白樺と坂本の住民は被害に遭っている。すぐに洋は白樺に戻り、白樺忍者衆の中で邪教会の攻撃に賛同する者を集めてくれ。 佑馬も坂本に戻って、同様の者を集めること。エスタ正規軍を動かすと、戒人宰相殿が侵略と思いかねない。白樺・坂本連合義勇軍をもって、邪教会を攻略する。 無理強いはさせるなよ。それでは義勇軍にならないからな。義勇軍の指揮権については、白樺出身の元忍者の立場で、藤田君に委ねたい。 清和は戒人宰相殿が誤解しないよう、アドリアシティに戻って、俺の真意を伝えてくれ。俺はエスタに残り、エスタ正規軍を待機させ、万が一の場合に備える。」
「承知。」
洋と佑馬は声を合わせた。清和と藤田もうなずいている。そこに英明が申し出た。
「岡大統領、清和公使に同行させてください。レイン公国の大公として、仲立ちできる部分があるかもしれません。ヴェハーリ、ありがとう。ゆっくり休んでくれ。」
岡が大きくうなずくと、航が言った。
「わてと映明は邪教会を偵察して、義勇軍を先導するばい。」
「なかなか面白そうだ。だったら、わしも行こう。」
なぜか熊蔵もついて来ることになり、それぞれの目的地に向かって、一同は解散した。

　洋は白樺忍者衆の大半を義勇軍としてまとめ、坂本に向かっていた。一方、その坂本では佑馬が道場主に声を掛けていた。
「修平、達郎、ちょっと人手が必要なんだ。来てくれるよな。」
「嫌だと言ったら。」
この修平と呼ばれた道場主は人間には見えず、ゴブリンのような風貌である。佑馬は話を続けた。
「それだったら道場への資金援助は停止だ。この道場は未塾児連盟のボランティアで成り立っているようなものだからな。」
「随分、足元を見るよな・・・。」
今度は達郎がぼやき、しぶしぶ修平と達郎は義勇軍への参加を了承した。同行していた藤田は心の中で思った。
「(完全に無理強いさせている・・・。)」
洋が率いる白樺忍者衆も合流して、坂本で義勇軍が結成された頃、航、映明、熊蔵は邪教会を偵察していた。教会の中には男がいて、宗教を勧誘してきた。
「宗教はいいよ〜。後世で報われるよ〜。教祖様の教えは素晴らしいよ〜。早速、君達も入信だ〜。」
「全く無茶苦茶な奴じゃ。わしは既に宗教に入っておる。ムック教と言ってな、信者はわしだけじゃが。わしが教祖なのに、他人を崇めることができるか！」
いきなり熊蔵が喧嘩を売ったため、男と戦闘になってしまったが、難なく倒すことができた。そして、教会の奥に隠し扉を見つけ、その先には地下室が広がっていた。
「あれは至高塾の講師・・・もとい強制収容所の手下共・・・ということは、アドリア城を占拠した謎の一味とは、強制収容所の残党かもしれませぬ。 邪教会は宗教を隠れ蓑にして、強制収容所にアドリア攻略の拠点を提供していたということでせう。危険なモンスターまで飼育して、テロリスト同然ですな。」
映明に見つかった強制収容所の手下は慌てて逃げ出した。追いかけると、邪教会の教祖と思われる男が立っていた。
「君達、入信すれば、命だけは助けよう。もしくはお布施でも構わない。至高塾もたくさん払ってくれたからな。納得していない顔だな。こいつらはポアだ！」
「金の亡者め。許せんばい！」
教祖が攻撃を始め、怒った航は反撃し、それに映明も続く、最後は熊蔵が爆発を起こし、邪教会ごと吹き飛ばした。教祖は倒したが、モンスターが外に放たれてしまった。 そこに駆けつけたのが白樺・坂本連合義勇軍である。藤田の指揮の下、洋、佑馬、修平、達郎をはじめ、腕自慢の忍者と侍がモンスターを次々と倒した。 デク・ウヌと呼ばれる洋のサボテンや、ラムと呼ばれる坂本道場の犬まで参戦しているが、両者は反りが合わないようだ。洋の声が聞こえた。
「航、映明、ついでに熊蔵、あとは俺達に任せて、先にアドリアシティに行ってくれ！」
「わしらだけで邪教会を潰した。どうだ、楽勝じゃったぞ。」
熊蔵の暴走に航と映明は突っ込みたいが、今はそれどころではなく、心の中で洋にお礼を言いながら、アドリアシティに急いだ。

　英明と清和は坂本の東の海岸に停泊していたアドリア海軍の棗の船に乗り込むと、そこにいたのはフレイであった。
「清和さん、至高塾の残党がアドリアシティに向かったみたいで、未塾児連盟に伝えようと坂本に向かったら、ちょうど棗中佐の船を見つけて・・・。」
「アドリア城を占拠した謎の一味というのは、悪の化身や強制収容所の奴らということか！」
清和は叫んだ。そのまま船でアドリアシティに急行し、棗は海を守り、英明、清和、フレイは船から降りた。市民はレインに避難したのか、静まり返っている。 アドリア城に近づくと、一人の男が城を見上げていた。それはアドリア自由王国の戒人宰相であり、英明に気づいて、ひざまずいた。
「英明大公様、貴国には何とお礼を申し上げれば良いのやら。安藤様のおかげで、無事に市民は避難できました。至高塾や教会を野放しにしたのは、私の責任・・・。」
「戒人宰相殿、顔を上げてください。今は城を取り戻すことだけを考えましょう。それに戒人殿は宰相になられたばかりではないですか。 エスタ共和国の岡大統領も援軍を派遣しました。白樺の忍者と坂本の侍による義勇軍で、決して侵略の意図はありません。レイン公国大公として、保証します。」
英明の話を聞くと、戒人は静かに立ち上がった。
「岡大統領の意図は理解しました。ありがたいことですが、外交の貸しとしないためにも、義勇軍が到着するまでに城を奪還したいものです。」
戒人の言葉から大国を背負う決意を感じ、英明、清和、フレイは戒人に続いて、アドリア城に突入した。

　邪教会を潰した航、映明、熊蔵はアドリア城の裏口に到着し、城門の前で倒れている一人のアドリア兵を見つけた。
「なんと情けない奴じゃ！焼き入れてやる！」
熊蔵が一喝すると、そのおぞましい姿に兵士が飛び起きた。航と映明が熊蔵をなだめ、兵士を手当てした。
「私はツヴァイと申します。ネジョ村出身なもので、気功は得意なのですけど、どうも剣技は不得手でして、お恥ずかしい限りです・・・。」
「大きなケガではなくて、良かったです。私はアドリア・ツクヴァの映明と申します。こちらはレイン・池脇州の航知事、それにペットの熊蔵です。 我々はアドリア城奪還の援軍ですが、城の内部はわからない部分が多く、案内してくれると、とても助かります。」
映明は航と熊蔵を紹介した。ツヴァイも案内役を了承し、４人はアドリア城の裏口から突入した。


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